君は君のままでいい
だいすき。な君へ2
早朝の桜舞公園。まだ日の出前であたりは薄暗い。
冷気に触れた吐息が白くなってふわふわと消えていく。
葉が落ちた桜の木が並ぶ道を通りすぎ、芝生のところまで行くと街頭下のベンチに月が座っていた。
「よっ」と月は私に気づくと手を振った。
私は少しどきどきしながら手を小さく上げて挨拶を返す。
どうしていいかわからず、前に手を組んでもじもじしてしていると、「なんで突っ立ってんだよ、となり座れよ」と月に言われて、私はちょこんと彼のとなりに座った。
「あ、これ、飲めよ寒いだろ」
月が缶の紅茶を学生鞄からふたつ取り出して、そのひとつを私にくれた。
もらった紅茶を持っていると、あたたかくて手がぽかぽかとする。
「ありがと。買っといてくれたんだ。冷めちゃわなくて良かった」
「お前はどうせ真面目に時間通り来るから大丈夫って思ってた」
「それって褒めてんの?」と私がふくれて言うと、「さあな」と月は優しく微笑む。
そのあと月は手に持っていた缶の蓋を、カチッと指で開けて紅茶を飲んだ。
私も蓋を開けようとしたが指がかじかんでうまく開けれずにいたら、すぐに「貸せっ」と月が私の手から缶を持っていく、彼はカチッと指で缶の蓋を開けてからまた私に紅茶を渡した。
「ありがと」
月からもらった紅茶を一口飲むと、あたたかくて、甘くて、幸せで、身体だけではなく心までぽかぽかする。
「この半年間いろいろあったよな」と月が懐かしむように言ったので、「そうだね。たった半年なのにね」と私は相槌をうった。
「俺さぁ、良いほうにちゃんとこの先変われるかな」
「悠さんはもう良いほうに変わってきてるって言ってたじゃん」
「それは悠さんから見てだろ。悠さんは学校での俺を知らない。だって学校の俺は強がりばっかだ。保育士になりたいって夢も素直に胸張って言えないんだぜ。不良に思われてる俺なんかがって。そんなこと気にしちゃってさ。だっせぇよ、やっぱり俺の心は弱い」
そう言って苦笑いする月は、決して強くはない自分をどこか受け入れようとしているように思えた。私はそんな彼の背中を押してあげたい。
「悠さんも言ってたけど、そんな心の弱さを持った月だからこそ、ちゃんと人の心の弱さに気づいて寄り添ってあげれる人になるって私は信じてる。それに…、私は悠さんが見てない、月の強くて格好良くて優しいところもちゃんと知ってるよ」
は、と月がとなりで驚いた顔をする。
「お祭りで柄の悪い人に私が絡まれたとき本当は心配で探しに来てくれたんでしょ。職場体験では柚木ちゃんのリボンを私よりも先に来て探してあげてたよね。それに保育がうまくいかなくてへこんでる私には、なにも言わずに紅茶をくれて慰めようとしてくれたよね。学園祭のときには、みんなの敵になっちゃうかもしれないのに自分の正義を貫いて私を庇って守ろうとしてくれた。全部全部覚えてる、月は充分に強くて格好良くて優しい、私には真似できないよ」
話していていつの間にかこの半年間、私はずっと月を目で追っていたのだと気づく。
感情を熱くさせないと決めていたのに、どうしようもなくいろんな想いがあふれて、その全部を言葉にすることはとても難しく、ぽろぽろと涙だけが止まらなくなった。
あぁ、泣き虫だと月にきらわれちゃう、顔だってもっと不細工になっちゃう、そう思っても涙はとめどなく流れる。
好きだと伝えてしまいたい。でも言えない。私にはその勇気がない。彼が私を好きになってくれる理由なんてない。一方的な私の好意は彼にとってきっと迷惑だ。
「月なら、きっと悠さんみたいになれると思う」
涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、私なりの精一杯な想いをなんとか絞り出した。
すると月はいとおしいものを見るような優しい目をしてから、「朝陽、ちょっと空見てみろよ」と言った。
私は顔を上げて空を見る。
そこには、東側の公園の木々が逆行でシルエットしかわからないほどの力強い光を放ち、下側の空を黄金に染め上げて、真ん中にいくほど強くなる光の輪っかを作った、輝く朝日が空に昇っていた。
話すことに夢中になっていて、夜が明けたことにまったく気づかなかった。
なぜだろう、毎日ストレスで眠りが浅く、部屋から見ていた同じ朝日なのに、今まで一度も心を動かされたことなどない朝日なのに、今日の朝日は…、いつもとちがって見える。
「綺麗だ」と、月がとなりで呟いた。
「うん。私、今まで朝日って好きじゃなかったんだけど今日のはなんか…、私にも綺麗に見えた」
止まらない涙を自分の指でふきながら嗚咽混じりに私は言った。
「ちげえよ。俺はお前が綺麗だって言ったんだよ、朝陽」
「ほぇ…」
しまった。今泣いているのに、急に意表を突くことを言われて変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「綺麗な朝日をお前に見せたかった。でもお前のほうがずっと綺麗だよ、朝陽」
月は朝日に照らされながら、私の目をまっすぐ見つめてそう言った。
冷気に触れた吐息が白くなってふわふわと消えていく。
葉が落ちた桜の木が並ぶ道を通りすぎ、芝生のところまで行くと街頭下のベンチに月が座っていた。
「よっ」と月は私に気づくと手を振った。
私は少しどきどきしながら手を小さく上げて挨拶を返す。
どうしていいかわからず、前に手を組んでもじもじしてしていると、「なんで突っ立ってんだよ、となり座れよ」と月に言われて、私はちょこんと彼のとなりに座った。
「あ、これ、飲めよ寒いだろ」
月が缶の紅茶を学生鞄からふたつ取り出して、そのひとつを私にくれた。
もらった紅茶を持っていると、あたたかくて手がぽかぽかとする。
「ありがと。買っといてくれたんだ。冷めちゃわなくて良かった」
「お前はどうせ真面目に時間通り来るから大丈夫って思ってた」
「それって褒めてんの?」と私がふくれて言うと、「さあな」と月は優しく微笑む。
そのあと月は手に持っていた缶の蓋を、カチッと指で開けて紅茶を飲んだ。
私も蓋を開けようとしたが指がかじかんでうまく開けれずにいたら、すぐに「貸せっ」と月が私の手から缶を持っていく、彼はカチッと指で缶の蓋を開けてからまた私に紅茶を渡した。
「ありがと」
月からもらった紅茶を一口飲むと、あたたかくて、甘くて、幸せで、身体だけではなく心までぽかぽかする。
「この半年間いろいろあったよな」と月が懐かしむように言ったので、「そうだね。たった半年なのにね」と私は相槌をうった。
「俺さぁ、良いほうにちゃんとこの先変われるかな」
「悠さんはもう良いほうに変わってきてるって言ってたじゃん」
「それは悠さんから見てだろ。悠さんは学校での俺を知らない。だって学校の俺は強がりばっかだ。保育士になりたいって夢も素直に胸張って言えないんだぜ。不良に思われてる俺なんかがって。そんなこと気にしちゃってさ。だっせぇよ、やっぱり俺の心は弱い」
そう言って苦笑いする月は、決して強くはない自分をどこか受け入れようとしているように思えた。私はそんな彼の背中を押してあげたい。
「悠さんも言ってたけど、そんな心の弱さを持った月だからこそ、ちゃんと人の心の弱さに気づいて寄り添ってあげれる人になるって私は信じてる。それに…、私は悠さんが見てない、月の強くて格好良くて優しいところもちゃんと知ってるよ」
は、と月がとなりで驚いた顔をする。
「お祭りで柄の悪い人に私が絡まれたとき本当は心配で探しに来てくれたんでしょ。職場体験では柚木ちゃんのリボンを私よりも先に来て探してあげてたよね。それに保育がうまくいかなくてへこんでる私には、なにも言わずに紅茶をくれて慰めようとしてくれたよね。学園祭のときには、みんなの敵になっちゃうかもしれないのに自分の正義を貫いて私を庇って守ろうとしてくれた。全部全部覚えてる、月は充分に強くて格好良くて優しい、私には真似できないよ」
話していていつの間にかこの半年間、私はずっと月を目で追っていたのだと気づく。
感情を熱くさせないと決めていたのに、どうしようもなくいろんな想いがあふれて、その全部を言葉にすることはとても難しく、ぽろぽろと涙だけが止まらなくなった。
あぁ、泣き虫だと月にきらわれちゃう、顔だってもっと不細工になっちゃう、そう思っても涙はとめどなく流れる。
好きだと伝えてしまいたい。でも言えない。私にはその勇気がない。彼が私を好きになってくれる理由なんてない。一方的な私の好意は彼にとってきっと迷惑だ。
「月なら、きっと悠さんみたいになれると思う」
涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、私なりの精一杯な想いをなんとか絞り出した。
すると月はいとおしいものを見るような優しい目をしてから、「朝陽、ちょっと空見てみろよ」と言った。
私は顔を上げて空を見る。
そこには、東側の公園の木々が逆行でシルエットしかわからないほどの力強い光を放ち、下側の空を黄金に染め上げて、真ん中にいくほど強くなる光の輪っかを作った、輝く朝日が空に昇っていた。
話すことに夢中になっていて、夜が明けたことにまったく気づかなかった。
なぜだろう、毎日ストレスで眠りが浅く、部屋から見ていた同じ朝日なのに、今まで一度も心を動かされたことなどない朝日なのに、今日の朝日は…、いつもとちがって見える。
「綺麗だ」と、月がとなりで呟いた。
「うん。私、今まで朝日って好きじゃなかったんだけど今日のはなんか…、私にも綺麗に見えた」
止まらない涙を自分の指でふきながら嗚咽混じりに私は言った。
「ちげえよ。俺はお前が綺麗だって言ったんだよ、朝陽」
「ほぇ…」
しまった。今泣いているのに、急に意表を突くことを言われて変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「綺麗な朝日をお前に見せたかった。でもお前のほうがずっと綺麗だよ、朝陽」
月は朝日に照らされながら、私の目をまっすぐ見つめてそう言った。