君は君のままでいい
だいきらい。な君へ3
学校からの帰り道。
もう心が限界だ。学校なんて行きたくない。
気分転換に、家に帰るまでの間にある金白駅で下車してパン屋であんバターを買った。
店を出たあとも、学校のいやな出来事が頭の中でぐるぐるしている。
そのとき。
「危ない!」と慌てた男性の声がした。
交差点の横断歩道が赤信号なのに、自分が飛び出してしまったことに、はっと私は気がつく。
しまった。しかし、もう遅い。
車が猛スピードで向かってくるのに体が反応しない。
轢かれてしまう。そう思った瞬間。
咄嗟に、誰かが私の腕を引っ張って歩道に抱き寄せた。
車はクラクションを鳴らしながら通り過ぎる。
「はぁはぁ。間一髪だった。危ないから気をつけなね」と、その三十代くらいの男性は息を切らしながら言った。
「ありがとうございます」と、私はぺこぺこ頭を下げる。
「大丈夫?怪我はなかった?」と、男性は優しい爽やかな笑顔で微笑んだ。
「ど、どこも怪我してないです」と、私は少し早口に答えてしまう。
恥ずかしい。今まで男の人になんて触れたことなどないのに、抱き寄せられたときのぎゅっと包まれた感覚がまだ残っている。
その男性は無造作な短髪の黒髪、オーバーサイズの白Tシャツに黒スキニー。
格好良い。これが運命の出会いだろうか。でも年の差が。などと呑気に考えていたら、それは淡い期待だったとすぐに気がつく。
私を咄嗟に助けたときに落とした自分の荷物を拾う、男性の左薬指の指輪が目に入った。
この男性は既婚者だ。
恋愛小説のような運命の出会いなどあるわけがない。どうせ現実なんてこんなものだ。
「お、君もあんバター買ったの?俺もあんバター買ったんだー。ここのあんバター美味しいよね」と、男性が無邪気に言った。
男性の袋にはあんバターが二個入っている。
「私もここのあんバター大好きなんです。奥さんにもお土産で買ってあげたんですか?優しいですね」
私がそう言うと一瞬、間があいた。そのとき男性が悲しい表情をした気がした。
「まあね」
男性の笑顔がぎこちない。奥さんとケンカでもしたのだろうか。
「ここの交差点、信号変わるの早いし、車もスピード出しちゃう道だから気をつけるんだよ」と、男性が私の頭をぽんぽんと撫でた。
男性の優しい笑顔、私を気遣うあたたかい言葉、物腰の柔らかい雰囲気。
全部が私を傷つける学校とはちがう。
「もう、あのまま死んでも良かったかも」
気づくと私は男性にそう吐露してしまっていた。
見ず知らずの女子高生に、急にこんなこと言われても迷惑に決まっている。困らせてしまう。
そう思ったのに、その男性は「死んでもいいなんて絶対に言っちゃだめ。君が死んだら悲しむ人がたくさんいる。学校でいやなことでもあった?」と、私の心を見透かすような曇りなき目で、あたたかく、そして真剣な表情で言った。
私はこくこくとうなずいた。男性の優しさに涙が出そうになる。
「あ、俺のあんバター。一個あげる」
「え、これって奥さんのぶんじゃ?」
「あー。そうしたほうが嫁も喜ぶから」と、男性は私に自分のあんバターを一個渡してそよ風のように笑う。
その言葉の意味がわからなくて私は首を傾げる。
「その制服、種千高校だね。俺、夕方とか近くの桜舞公園にいるから良かったら話聞くよ。今日は用事があるから話聞けないんだ。またね。悩みごとはひとりで抱え込んじゃだめだよ」
そう言ってから男性は帰って行った。
ひとつひとつの言葉がどこまでもあたたかくて、話していると心が落ち着いていく。学校しか知らない私は出会ったことがないタイプの不思議な人だった。
もう心が限界だ。学校なんて行きたくない。
気分転換に、家に帰るまでの間にある金白駅で下車してパン屋であんバターを買った。
店を出たあとも、学校のいやな出来事が頭の中でぐるぐるしている。
そのとき。
「危ない!」と慌てた男性の声がした。
交差点の横断歩道が赤信号なのに、自分が飛び出してしまったことに、はっと私は気がつく。
しまった。しかし、もう遅い。
車が猛スピードで向かってくるのに体が反応しない。
轢かれてしまう。そう思った瞬間。
咄嗟に、誰かが私の腕を引っ張って歩道に抱き寄せた。
車はクラクションを鳴らしながら通り過ぎる。
「はぁはぁ。間一髪だった。危ないから気をつけなね」と、その三十代くらいの男性は息を切らしながら言った。
「ありがとうございます」と、私はぺこぺこ頭を下げる。
「大丈夫?怪我はなかった?」と、男性は優しい爽やかな笑顔で微笑んだ。
「ど、どこも怪我してないです」と、私は少し早口に答えてしまう。
恥ずかしい。今まで男の人になんて触れたことなどないのに、抱き寄せられたときのぎゅっと包まれた感覚がまだ残っている。
その男性は無造作な短髪の黒髪、オーバーサイズの白Tシャツに黒スキニー。
格好良い。これが運命の出会いだろうか。でも年の差が。などと呑気に考えていたら、それは淡い期待だったとすぐに気がつく。
私を咄嗟に助けたときに落とした自分の荷物を拾う、男性の左薬指の指輪が目に入った。
この男性は既婚者だ。
恋愛小説のような運命の出会いなどあるわけがない。どうせ現実なんてこんなものだ。
「お、君もあんバター買ったの?俺もあんバター買ったんだー。ここのあんバター美味しいよね」と、男性が無邪気に言った。
男性の袋にはあんバターが二個入っている。
「私もここのあんバター大好きなんです。奥さんにもお土産で買ってあげたんですか?優しいですね」
私がそう言うと一瞬、間があいた。そのとき男性が悲しい表情をした気がした。
「まあね」
男性の笑顔がぎこちない。奥さんとケンカでもしたのだろうか。
「ここの交差点、信号変わるの早いし、車もスピード出しちゃう道だから気をつけるんだよ」と、男性が私の頭をぽんぽんと撫でた。
男性の優しい笑顔、私を気遣うあたたかい言葉、物腰の柔らかい雰囲気。
全部が私を傷つける学校とはちがう。
「もう、あのまま死んでも良かったかも」
気づくと私は男性にそう吐露してしまっていた。
見ず知らずの女子高生に、急にこんなこと言われても迷惑に決まっている。困らせてしまう。
そう思ったのに、その男性は「死んでもいいなんて絶対に言っちゃだめ。君が死んだら悲しむ人がたくさんいる。学校でいやなことでもあった?」と、私の心を見透かすような曇りなき目で、あたたかく、そして真剣な表情で言った。
私はこくこくとうなずいた。男性の優しさに涙が出そうになる。
「あ、俺のあんバター。一個あげる」
「え、これって奥さんのぶんじゃ?」
「あー。そうしたほうが嫁も喜ぶから」と、男性は私に自分のあんバターを一個渡してそよ風のように笑う。
その言葉の意味がわからなくて私は首を傾げる。
「その制服、種千高校だね。俺、夕方とか近くの桜舞公園にいるから良かったら話聞くよ。今日は用事があるから話聞けないんだ。またね。悩みごとはひとりで抱え込んじゃだめだよ」
そう言ってから男性は帰って行った。
ひとつひとつの言葉がどこまでもあたたかくて、話していると心が落ち着いていく。学校しか知らない私は出会ったことがないタイプの不思議な人だった。