君は君のままでいい
わからない。君が

わからない。君が1


 月曜日と水曜日は塾がないので、さっそく月曜日の学校終わり桜舞公園に行くことにした。


 広い公園なので、この前出会った男性を見つけることができない。


 昔この公園で迷子になった記憶をぼんやりと思い出す。


 しばらく男性を探して歩いていると、ボールを持った男の子が泣いているのを見つけた。


 あのとき私を助けてくれた記憶の中の女性なら、必ず声をかけて助けるはず。


 子どもへの接し方などまったくわからなかったが、「どうしたの?迷子になっちゃったの?」と勇気を出して声をかけた。


 すると、男の子は「ママがいなくなった」と答えた。


 いなくなった?置き去りにしたということだろうか。


 「どうしよう。と、とにかく君の名前は?どこから来たの?お家はわかる?ママの特徴は?着てた服とか覚えてる?」


 慌てた私は、男の子に質問攻めをしてしまった。


 すると男の子は私の顔を見るなり驚いた表情をして、「わからない」と目から大粒の涙を流す。


 当然だ。子どもがこんな状況で冷静に答えられるわけがない。


 それに私の焦りが男の子に伝わってしまった。


 安心させなければならないのに逆に不安にさせてしまった。なにをやっているんだ私は。


 心の中で、自分を叱咤するがもう遅い。


 そのあと、なにを訊いても男の子は泣いて首を振るだけだった。


 どうせ私なんかだめなのだ。あの理想の女性のように男の子を助けようとしたって、こんな私なんかができるわけがない。


 クラスもまとめられない。子どもも助けられない。


 泣きたくなってきた。だけど私は泣きたいのを我慢して、とにかく男の子を抱きしめて背中をさすった。


 そのとき。


 「あっ。優しい子みーっけ」


 うしろから声が降ってきて振り向くと、交差点で私を助けてくれた男性がいた。手にはギターを持っている。


 突然あらわれた男性に、男の子は目を丸くした。


 「大丈夫だよ」と男性は微笑む。


 その笑顔のおかげで、私は心が安堵していることに気がつく。


 「突然ですがクイズです。これはなんでしょう」と、男性が男の子に質問する。


 「ギター?」


 「正解っ」


 「じゃあ歌あてクイズね。なんの曲かあててみてね」と、男性がギターを弾いて動揺を歌い出す。


 男の子は「ぞうさん」「ちょうちょ」「チューリップ」と次々に答える。


 「じゃあ最後にこの曲はなにかわかるかな」と男性が弾いたイントロで、私はその曲がすぐにわかった。


 にじ、と無意識に私が答えてしまうと、「なんでお姉ちゃんが答えるんだよ」と男の子が言って、男性もくすくす笑った。


 男の子の機嫌はすっかりなおって、男性が、男の子の名前とママと逸れてしまった経緯を聞き出した。


 さっきはママがいなくなったと答えた男の子だったが、「ボール遊びをしてるうちに迷子になっちゃった」と落ち着いて答えた。


 「必ずなんとかしてあげる」


 そう言うと男性は、公園内でボール遊びができそうな広場に私たちを連れて移動した。


 その広場で、男の子を探しているママに会うことができて、無事、男の子を送り届けることができた。


 「お姉ちゃん、ギターおじちゃん、ありがと」と男の子が笑って言った。ママも会釈をして、親子は帰って行く。


 「おじちゃんって言うなー!まだ若いから!もう迷子になるんじゃないぞー」


 笑いながら手を振って見送る男性の横で、私も小さく手を振った。


 親子を見送ったあと「どうして、男の子を泣き止ますことができたんですか?」と、気になって男性に質問してみた。


 「あれはね、急に俺が出てきたから場面が変わったんだよ。子どもってそういう変化に敏感で、人や場所が変わるだけでも気分が変わるんだ。あとは第一声に安心する声かけ、からのギターを使った気分転換かな」


 さらりと男性は答えたが、あの一瞬でそれだけのことを考えて対応できるものなのだろうか。


 昔、私が女性に助けられたときと状況が似ている。


 「あの、お仕事はなにをやってるんですか?」


 「保育士だよ。今はわけがあって長い休職中なんだけどねー」


 やっぱりだ。あの女性も保育士になると言っていた。この人も同じ保育士。プロじゃないとあんなふうに対応できないよね。


 「あの、ギターって保育士の人って弾く人多いんですか?たとえば女性とかでも」


 私は憧れの女性の手がかりがほしくて訊ねた。


 「んー。ちょくちょくギターやってる人いるよ。でも女性で弾く人は少ないなー。やっぱピアノのほうが多い。でも俺は嫁からギター教えてもらったんだよ。嫁も保育士なんだ」


 え?奥さんがギターをやっている保育士…。


 すぐに奥さんのことを訊ねようとしたとき、うしろからもうひとりの男性に声をかけられた。
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