君は君のままでいい

わからない。君が3

 水曜日。


 今日は午後から、実習なので先生から学園祭の出し物を決めておいてほしいと頼まれている。


 「椿ー。任せたぞー」と、言い残して今日も先生は自分の仕事をやりに教室を出て行く。


 私は黒板の前に立ってみんなのほうを見る。


 もちろん誰も私を見ているクラスメイトなどいない。


 「夏休みどこ行くー?」


 「海行こー」


 「水着買わなきゃ」


 「あ。海の日って、たしか祭りあったよね」


 「そうそう。一緒に行こうね」


 「せっかくだから浴衣着てこうよ」


 クラスメイトの女子たちは、夏休みの話に花を咲かせている。


 私とはちがって華やかな女子高生らしい生活を謳歌しているのだ。


 みんな彼氏を作りたがっている。


 可愛げもなく恋愛にも疎い私には関係のない話だ。


 私は小学校を卒業してから男子とはうまく話せなくなってしまい。男子と付き合った経験などもちろんない。


 どちらかと言ったら男子は苦手だ。


 そんな私は、こうやってみんなの雑用をやっているのが相応しいのだろう。


 空気を読んで、変に目をつけられないように。


 「ねーねー。月君も一緒にお祭り行こうよ」と、クラスメイトでいちばん可愛い星崎さんが月君を誘う。


 「俺、祭りとか人混み苦手だから行かねえ」


 「月っ!なに女子の誘い断ってんだよっ!」と達也君。


 「じゃあ、お前が行けよ達也」


 「星崎さん。月と、数人男子集めとくからみんなで祭り行こうよ」と、達也君が提案した。


 「いいよ!じゃあ、私も女子集めとくねー」と星崎さんが笑顔で承諾する。


 「お前ら勝手に決めんなよ」


 「まぁまぁ、月君が来てくれるならみんな集まるからさー」


 「そうだぞ、月っ!お前彼女欲しくないのか?」


 「いらねー。くだらねえ」と言ってから、月君は窓際の自分の席で机に肘をついて外を眺める。


 本当は先生から学園祭の話を進めておけと言われたのに、結局なにも決まらず、クラスメイトの男子の誰かが「どうせ学園祭は秋にやるんだから夏休み明けに決めよ」と、言って話し合いは終わった。


 誰も私の話なんて聞かない。私じゃクラスをまとめられない。この前、月君に言われたように張りぼての委員長だ。


 委員長をやったのも、結局、断れなかっただけで、それをみんなのためにとか言って、これも月君が言ったように偽善者だったのかもしれない。


 あぁ、またつらくなってきた。下校時間になると、空き教室で泣いて気持ちを落ち着かせてから桜舞公園に向かった。


 はぁ、憂鬱だ。明日も学校なんか行きたくない。


 そんなことを考えながら桜舞公園内を歩いていると、芝生に座ってギターを弾いている悠さんを見つけた。


 「おー!朝陽ちゃん。やっほー」と、悠さんも私に気づいて手を振る。


 「どうもです」と、私も会釈をしてとなりに座った。


 「お、学校でなんかいやなことあった?」と、悠さんはすぐに私の心を見透かす。


 「なんで、わかるんですか?」


 はっと驚く私に、「顔に書いてあるよ」と悠さんは優しく微笑んだ。


 私は、さっきまで泣いた自分の目が赤くなっていることに気づいた。恥ずかしい。


 「はい。ちょうど鞄にクッキー入ってたからあげる。あ、待ってて、飲みもの買ってくるよ。なにがいい?」と、悠さんが訊いてくれる。


 「そんな悪いですよ」と申し訳なくて断ったが、「こんなときくらい大人に格好つけさせなさい」と悠さんが笑って言った。


 私は悠さんに甘えて紅茶を自販機で買ってもらった。


 悠さんのとなりで、クッキーを食べて紅茶を飲んでいると心が落ち着く。


 悠さんは自分からどうしたの?とか、なにがあった?など、理由は訊いてこなかった。


 それも私にとっては心地が良かった。


 でも、疑問に思い「悠さんは私が泣いてた理由気にならないんですか?」と訊ねると、「朝陽ちゃんが言いたくないかもしれないじゃん。でも俺で良かったら話くらい聞くよ。気軽に言ってね」と悠さんが微笑んだ。


 私はクラスの不良男子に酷いことを言われたこと、やりたくもない委員長をやっていること、クラスが全然まとまらないこと、全部を悠さんに打ち明けた。


 すると悠さんは私の話を聞いて、うんうん、と優しい目でうなずいてくれる。


 学校では私の話なんて誰も聞いてくれないのに、悠さんだけはちがう。


 人に話を聞いてもらえることの嬉しさを感じながら、私はいろんなことを話した。


 大半が学校の愚痴なのだが、悠さんはいやな顔ひとつせず微笑んで聞いてくれる。


 ひとしきり話したあと「あー。悠さんのおかげですっきりしたー」と、私は両手を上げて伸びをした。


 「そりゃ良かったよ。俺も最近あんま人と話してなかったから新鮮だった。ありがとう」


 「えー。悠さんって誰とでもすぐ話しそうなのにー」


 「こう見えて、結構人見知りなんだよ」


 「悠さんの奥さんが羨ましいなー。こんなに話しを聞いてくるなんて最高の旦那さんじゃないですか」


 「ははは。ありがとう」と、言った悠さんの笑顔がまたどこかぎこちない気がした。


 金白駅の交差点で奥さんのことを訊いたときもそうだったし。奥さんとのケンカが続いているのだろうか。


 「そういえば朝陽ちゃんの学校って職場体験ってない?」と、悠さんが話を変えるように唐突に言った。


 「夏休み明けにあります。私、まだ行き先を決めてないんですよ」


 「俺の知り合いの働いてる保育園がさ、職場体験の募集してて、良かったらそこにしてみない?前に保育士やりたいって言ってたじゃん」


 「え、いいんですか!?絶対、そこにします」と私は即答する。


 行きたいところなどなかった職場体験だが、保育士になりたい私にとって保育園に行けるなんて願ってもない。


 「さっそく明日にでも先生に相談します」


 「おっけー。俺もその保育園に種千高校の生徒が行きたいって連絡しとくね」


 ひとしきり話したあと悠さんと解散した。


 この日から私にとって、悠さんと会える月曜日と水曜日は至福の日となった。


 いつも月曜日になると憂鬱になっていた学校も、夕方は悠さんに会えると思ったら前より苦じゃない。


 私には、私のことをわかってくれる悠さんがいる。そう思うだけで嬉しい。


 学校でみんなに話を聞いてもらえなくても、悠さんが私の話を聞いてくれる。
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