お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 別れ際に私の耳元で亜子さんが言うと、嶺さんが途方にくれた顔でやめてくれとつぶやいていた。普段は見ることのない、弟の顔をした嶺さんが新鮮で、くすぐったかった。
 最後に、前社長であるお義父さんはかつて自分付きだった笠原さんの件を口にされた。

「嶺から聞きました。笠原君が、ふたりに迷惑をかけたね。僕からもお詫びするよ」
「東堂社……お義父さん、頭を下げないでください。嶺さんが、守ってくださいましたから。それより……嶺さんとの結婚に同意してくださってありがとうございました」

 不破さんや総務部長、それから嶺さんのご家族。皆さんのおかげで、私はたったひとりの弟の夢を応援することができた。
 大切で愛しい人ができた。
 そして……こんなにもあたたかな家族が、できた。
 ふいに胸がつまる。お義父さんたちの前だというのに泣いてしまったら、嶺さんが優しく抱きしめてくれた。




 お盆休みには東堂家にもお邪魔したり、結婚式の準備を始めたりした。嶺さんは豪華な披露宴を想定していたみたいだけど、私がお願いして両家の親戚だけの内々の集まりにしてもらうことになった。
 私たち姉弟の相続を回復するための()(しょう)手続きは、(しゅく)々(しゅく)と進行中だ。
 訴訟と聞いて私は怯んだけれど、嶺さんと不破さんが全面的に協力してくれている。父の遺産が私たちの手元に戻る日は、遠くないと思う。

 ふたりは、伯父さんが二度と私に接触しないよう、誓約書も書かせたらしい。伯父さんは近々、県外へ引っ越すそうだ。
 諸準備の合間をぬって、嶺さんと昴と三人で食事をした。
 昴に伯父さんの件を話すかについて、最初は嶺さんと意見が分かれた。
 だけど最終的には今後のことも考え、姉弟で認識を共有しておいたほうがいいという嶺さんの意見に従った。
 昴は驚くかと思ったけれど、意外と腑に落ちた様子だった。
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