お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 今から思えば、私があれだけ伯父さんの前でびくついていたのだから、昴が妙に感じてもふしぎではなかったかもしれない。下宿しているシェアハウスも、早々に出るとも言った。それでももし伯父さんが自分を通じて私に接触しそうなときには、自分も盾になるからとも。
 私のなかで昴はずっと守るべき相手だと思っていたけれど、いつのまにか逞しく成長していたのだ。

「姉ちゃんがよく笑うようになってくれてよかった。ずっと苦労をかけていたから、気になってたんだ」

 昴が晴れやかな顔をしてくれたのが、なにより嬉しかった。




 ――そして、九月の中旬。
 有休を取って嶺さんの車で向かった場所は、都会の喧噪から遠く離れた、豊かな緑に囲まれた場所だった。
 車を降りると、都心とは違うひんやりとした空気が頬を撫でる。自然豊かな山の(ふもと)だからなのか、ゆったりとした時間の流れが心地いい。今では抵抗感もなくなった、ノースリーブの白いコットンワンピースの裾が風にふんわりと膨らむ。
 大きく息を吸いこむと、隣に立った嶺さんにするりと指を絡められた。私の左手の腕時計が、嶺さんの右腕に触れる。それだけで胸がきゅっとなる。

「気持ちがよくて、非日常感のある場所ですね」
「だろう。(かる)()(ざわ)とおなじく都内からのアクセスもよく、ここ最近、注目されている場所だ。若いクリエイターも多く移住して工房を構えていると聞く。気になるなら、街を散策してもいい」
「見てみたいです!」

 指がさらに深く絡められ、ぶわ、と頬に熱が集まる。そわそわする私と反対に、嶺さんは余裕のある笑みだ。

「わかった、だがまずはこっちだな」

 嶺さんの言葉で見あげるのは、大自然に溶けこむような洗練された雰囲気が素晴らしいホテルだ。
 お付き合いどころかろくに話す機会さえ作らずに結婚したから、と嶺さんが予約してくれた。ゆっくり過ごそうという意味らしい。といっても社長業もあるので、二泊三日のプチトリップ。
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