お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 始まりは、父の四十九日が明けたころだったと思う。伯父さんはときどき、家まで様子を見にくるようになった。
 最初は、母子三人になった私たちを気にかけてくれているのだと思っていた。母は働きづめで家にほとんどおらず、私たち姉弟はもう幼い子どもではないと強がりながらも、伯父さんの訪問に安心感を抱いていたほどだった。
 けれどそれはいつからか、気が進まない習慣になって。
 握りしめた手に嫌な汗をかきながら息をつめていると、ややあってから伯父さんがふっと目をゆるめた。

『……まあ、今日はそのワンピースに免じて許すよ。僕が見立てた服に間違いはなかったね』

 伯父さんの視線が、小花柄の描かれた薄手のフレアワンピースに注がれる。二月に着るには寒々しいそれは、伯父さんから送られてきたもの。
 胸に重い塊がのし掛かるのを感じつつも、私はほっと息をついた。

 一度、伯父さんに送られたものではない服を着て面会した際、逆上した伯父さんにコーヒーの入ったカップを投げつけられたのだ。
さいわい火傷(やけど)はせずにすんだけれど、シャツに広がった染みはそのまま、私の心を暗く塗り潰すみたいだった。

 それ以来、伯父さんの前では必ず送られたものを着るようにしてきた。……でも。
 私はなるべく伯父さんを刺激しないよう、控えめに申し出た。

『伯父さん。私はもう服を送っていただかなくて大丈夫です。服を買うお金はありますし、援助でしたら私より弟に……』
『いやいや、遠慮は要らない。知沙も若い女性らしくお洒落を楽しまなくてはね。弟からだと思って受け取ればいい』

 父の名前を持ち出されると断りにくい。父が亡くなったあと、大学への進学を諦めかけた私に短大の費用を援助してくれたのは伯父さんだった。
 だから……苦手に思う私のほうが、人として間違っているのかな。

『それとも、今のは(すばる)くんの学費を出せという意味か?』

 伯父さんの表情にふたたびいつ弾けるともしれない苛立ちがにじんだのに気づき、私は慌てて否定の形に手を振った。

『いえ! 払える見込みはあります、大丈夫ですから!』

 ほんとうは見込みなんてこれっぽっちもないけれど、私の学費だけでも負い目がある。さらに援助を受けたら、今以上に伯父さんを拒否できなくなってしまう。
 面倒を見てくれた、いい伯父さん。きっと十人中十人がそう言うに違いない。
 弟も伯父さんには懐いている。弟が下宿するのは今や祖父母も他界して空き家になった父の実家で、そこを管理しているのは伯父さんだった。

『……それならよかった。知沙はよけいなことは考えず、今までどおり僕に会えばいいんだよ。知沙は僕のかわいい(めい)だからね』

 伯父さんのまとう空気がゆるんでも、背中の震えは止まらなかった。
 この視線から、逃げたい。




 意を決して不破さんに連絡を取ったのは、その翌週。契約結婚の話を持ちかけられてから三週間後だった。
< 19 / 129 >

この作品をシェア

pagetop