お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 社長に続いてあたふたと奥の部屋に入る。不破さんに出したコーヒーカップもそのままに、応接セットを勧められた。

「手短に話そう。君の住む社員寮は単身者用だったな」

 私は向かいで険しい顔をした社長にうなずいた。
 母と住んでいたアパートを引き払ったあと、この三年間は社長が海外赴任だったため、特別に社員寮に住むのを許可されていたのだ。

「あ……早く出ないと、ってことですよね」

 人事課から出た退居勧告をここまで引き延ばしてくれたのは、私と社長の結婚を社内で唯一知る総務部長だった。
 私の給与厚生関連は、すべて総務部長が引き受けてくれている。

「部屋は探しているんですが……もう少しだけ待ってもらえないでしょうか?」

 家賃と通勤時間の折り合いがつかずに悩んでいたけれど、引き延ばしてもらうのにも限度がある。
 これ以上は、迷惑をかけられない。

「でも離婚さえしていただければ、社員寮を出なくても――」
「離婚はしない」

 きっぱりと()ねつけられ、(しょう)(ぜん)とため息をつきそうになるのを飲みこむ。けれど次の言葉に私は耳を疑った。

「そういうわけだから、早く引っ越すように」
「……はい」

 知らず声が沈む。

「君も先日見たとおり部屋は余っているから、荷物は丸ごと持ってきていい。日取りだけ早めに――」

 え?

「待ってください。部屋が余っているって、なんのことですか?」
「俺の家に決まってるだろう。日取りが決まったら教えてくれ。予定を空ける」

 え、え?

「私が社長の家に住むんですか!? なんで……?」
「夫婦だろう。ほかに理由が?」
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