お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
三章 思いがけない新婚生活
 五月も下旬に入った汗ばむ陽気の土曜日の昼に、私はおっかなびっくり社長の部屋を訪ねた。
 引っ越し業者はすでに到着していたようだ。開け放された玄関はすでに養生されており、中から社長と業者の声が聞こえてくる。
 玄関で声を張ると、社長が迎えに出てきた。

「社長、遅くなりました。本日よりお世話になります」

 社長はシンプルな白のカットソーに細身の黒パンツというラフな格好だ。
 先日、ひと晩泊めてもらったときはスウェットだったけれど、それとはまた別のゆるさがある。職場でかっちりしたスーツ姿を見慣れているだけに、新鮮だ。
 むしろ適度なゆるさのせいなのか、逆に男性としての色気を醸しだしている。薄い布越しでも、引きしまった体格がわかるからかも。
 つまりは、私の目には毒だということ。

「堅苦しい挨拶はいい。来なさい、君の荷物があんまり少ないから、運びこみはほぼ終わったところだ」

 スニーカーを脱いであちこちに養生された廊下を進む。社長の言うとおり、開け放たれた一室には私の荷物が運びこまれたあとらしかった。
 社長の寝室の隣が私の部屋らしい。チラッと部屋の並びを確認して、そわそわしてしまう。

 私は、腰下まであるゆったりとしたラベンダー色のフーディーの袖をすごすごと下ろした。作業をするつもりでまくりあげていたのだけれど。
 これも作業をするならと、ライトブルーのジーンズを履いてきたのだけれど、私の出番はほとんどないみたいだ。

「食器類は、この吊り棚に入れてくれ。洋服はそこの部屋のクローゼットに収めるように」

 業者は梱包から開梱まで請け負ってくれるという。リビングや私のために空けてくれたらしい部屋をぐるりと見た私は、首をかしげた。

「私のベッドが見当たらないのですが……」
「ああ、あれは処分させることにした」
「えっ、なぜですか!?」
「二台も要らないだろう。俺はあのベッドを持て余している。知沙とふたりでちょうどいい」
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