お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
「ふたりで寝るなんてとんでもないです」
「そうなのか? なぜ?」

 純粋な疑問を口にしただけという口調に、私はかえってうろたえた。

「なぜって当然じゃないですか。社長と秘書が一緒にだなんてコンプライアンス的にも……」
「――夫婦」

 艶をまとった声で耳打ちされ、息が止まった。

「だろ? 事実を捻じ曲げてはいけない」
「っ……!」

 反論が出てこない。夫婦なのは間違いないのだから、反論なんて出てくるはずがないけれど。
 でも待って、社長ってこんなに押しの強い人だった? なんだかこう、オーラが全開というか。たじたじになってしまう。

「ああそうだ。その事実を元にすれば、知沙の態度には少々問題があると思わないか?」
「えっ、すみませんすぐ改めます。でもなにが……?」
「夫を社長とは呼ばない。名前で呼んでくれ」

 ど、どうしよう。社長は社長であって社長以外の何者でもないような。お、夫だなんて実態もないし。

「まさかとは思うが、俺の名前は?」
「存じております!」
「よかった。妻に忘れられるのはキツいからな……」

 社長が珍しく顔を曇らせる。その意外な表情にドキッとしたあとで、私は首をかしげた。

「もしかして、私をからかっておられます?」
「心外だな。ただ俺は名前を呼ばれたいだけなんだが」
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