お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
「すみません。嬉しくてつい、眺めていました」
「それほど喜んでくれるなら、ここにサンルームを作ってもいいくらいだな。……しかし女性は花を喜ぶのかと思っていたが、そんな苗でも楽しいものなのか」

 サンルーム(うん)々(ぬん)は冗談のはず。間に受けるのは変な気がして、あとの話にだけ返答した。

「生花も好きですけど数日で枯れてしまいますし、(せつ)()的じゃないですか。こっちのほうが長く楽しめ……」

 言いながらハッとして、私は苦笑してしまった。なにを言ってるんだろう。
 離婚したいと言い出したのは私。この結婚が書類上だけのものだと、誰より知っているのも私。

 ――なのにここで。嶺さんのそばで、いつまで楽しむつもりなの。
 憧れていたことが叶って、気がゆるんだのかもしれない。こっそり気を引きしめた私には気づかず、嶺さんは「なるほど」と言った。

「その考えには同意する。時を重ねる楽しみがある」
「うちの時計と一緒ですね」

 東堂時計の腕時計は、長く使えるデザインのものが多い。ずっと正確な時を刻み続けるための技術のたしかさは言わずもがな。
 ふと思いついて言うと、嶺さんがふいを突かれたみたいに目をまたたかせた。

「時計と植物の共通点か、興味深い。普段は控えめだから気づかれないだけで、知沙は俺にない視点を持っているんだな。これからもっと教えてくれ」

 思いもかけないひと言に反応できず、息をのんだ。
 うなじの辺りがそわつく。
 私が私であるというだけで、嶺さんに差し出せるものがある……?
 それはなにを買い与えられるよりも、私の中のずっと深い場所に響いた。

「湯冷めしてしまいますね。ね……寝ましょうか」

 急にぎこちなく話を逸らしてしまったけれど、嶺さんは気づかなかったようだ。
 ほっとしつつ寝室に戻る。だけどこれはこれで緊張してきた。
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