お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 私には拒否権なんてないも同然だけれど、新社長はそれでいいの?

「っ、はい……」

 信じられない思いで、喘ぐように息を継ぎながら返事をする。
 対照的に、新社長は眉ひとつ動かさなかった。

「ではさっそく細かい打ち合わせをしたい。社長室へ来るように」

 言うが早いか、新社長は(きびす)を返して経営企画室を出ていく。どよめきがいっそう大きくなったけれど、私も慌ててあとを追った。




 社長室に入ると、新社長はさっそくパソコンを立ちあげ机の前に立つ私に指示していく。矢継ぎ早だけど、内容は具体的で的確だ。
 指示を聞きながら、すぐに手配するものと、必要になる機会はまだ先だけれど今から準備すべきものを区別して、段取りを組む。
 さらには社内の共有カレンダーで新社長の予定を共有する。
 挨拶のあとの打ち合わせでも聞いたとおり、社長の予定は朝から晩まで分刻みで埋められていた。こんなに詰めこんで、いつ休むのかな。

「すべての業務に秘書を同伴させる人間もいるが、私はそういうのは好まない。会議はともかく、会食やパーティーは目的地までの同行だけでいい。必要な手配だけ頼む。朝の迎えも、君までついてくる必要はない」
「わかりました」

 それなら、気まずさも少しは薄れるかもしれない。ほっとした。

「取り急ぎ、継続中のプロジェクトの概要をまとめたものを用意するように。それからプロジェクトとは別に、前社長が懇意にしていた相手のピックアップを」
「どちらもファイリング済みですのでご確認をお願いします。プロジェクトの概要については、来週の頭に各部の本部長と担当が説明をする機会を押さえてあります」

 私は新社長のデスクにまとめていた資料から一冊のファイルを手渡す。新社長はそれを手に取るとパラパラとめくった。

「重点的にテコ入れする予定のプロジェクトに関する資料はほかより多い……気が利くな、助かる。担当からの説明の件も承知した」

 褒められると嬉しい。新社長は満足そうにするとファイルを閉じ、机の上で手を組み合わせた。
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