お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
『んっ……!?』

 目を見開いてしまう。嶺さんが、面白そうに口の端を上げた。

『早く口を開けなさい。チョコが溶ける』

 そう言われても、まばたきすらままならない。体じゅうの血が沸騰して、顔から火が出そう。
 食べさせてくださいなんて言ってない!
 なのに、嶺さんはチョコレートを持つ手と反対の手でテーブル頬杖をついて、この状況を楽しんでいる。
 ドッ、ドッ、と心臓が騒ぐ。
 嶺さんの目を正視できず、私は目をつむってわずかに口を開けた。
 チョコレートがゆっくりと押し入れられる。芳醇な香りが鼻に抜けて、頭がくらくらする。
 私の熱で、甘い宝石はたちまち崩れていく。なのに、まるで淡雪を食べたかのような口当たりを楽しむ余裕なんてない。

『うまいか?』

 知らず目を潤ませながら、こくこくと小さく首を縦に振る。

『ちなみに姉の談では、スイーツよりも服やジュエリーのほうがてきめんに効くらしい。どんな服がほしいか考えておいてくれ』

 顔を赤くしたり青くしたりする私と裏腹に、嶺さんは満足そうに指を舐める。
 艶っぽい仕草に、頭の芯がじんと痺れた。




「――羽澄さん、大丈夫?」

 通永さんの気遣わしげな声にはっとした。いけない、ぼうっとしていた。私は大丈夫です、と笑って机上のコーヒーカップを回収する。
 社外取締役を含めた会議は、参加人数が多いこともあって大会議室のレイアウトを変え、さらに椅子を追加して行われた。
 今は会議が終了して、私たち秘書で片付けをしているところだ。

「社長のために頑張るのは偉いけど、あまり根をつめないようにね?」
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