お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
「いや、大丈夫だよ。これだけ降ると、外を歩くのも大変だろう。肩が濡れているね。ハンカチを貸そう」

 ハンカチを差しだす伯父さんを、私は手振りで遮った。

「いえ、ありますから」
「僕のハンカチは使えないのかい? ……ワンピースも着てこなかったのか」

 声の温度がすっと下がる。伯父さんの視線が、私の着たシンプルなTシャツとジーンズに落ちた。背中が粟立つ。
 こうなるだろうと覚悟の上で、伯父さんが買ったワンピースに袖を通さないことを選んだ。
 でも伯父さんを前にすると怖い。怖いと思う気持ちを止められない。

「……すみません」

 謝ることじゃないと頭ではわかっているのにいざとなると謝罪が口をついてしまい、私は唇を噛んだ。もっと()(ぜん)としていたいのに。

「まあ、今日は雨で汚れてもいけないからね」

 伯父さんが大仰にため息をつく。
 店内で当たり散らされなかったことにほっとして、私は紅茶を注文した。外は蒸し暑いのに、ひどく寒い。ひとつにまとめた髪をそそくさとハンカチで拭く。

「新婚生活を始めたんだって? 昴から聞いたよ。三年ぶりでは揉め事もあるだろう。うまくいっているのかい?」
「順調です、しゃ……夫にはよくしていただいてますし」
「それでも無理は禁物だよ」

 冷えた目がゆっくりと全身に向けられて、私は逃げたくなるのをこらえて運ばれてきた紅茶を飲む。カップを置いてから、本題に入った。

「伯父さんには私たち家族が苦しいときに、すごく助けていただきました。私が短大に通うお金も出してくださって、感謝してもしきれません」

 喉が渇いてくる。たまらず紅茶に口をつけた。

「だから……まだまだ全額にはほど遠いですが、お返しします」

 私は足元に置いていた肩掛けのトートバッグを手に取ると、中から分厚い封筒を取りだしてテーブルに置いた。
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