お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 ずっと、伯父さんの前では息が苦しかった。それでも、援助を受けたのに拒絶するのは申し訳なくて、自分を押し殺してきた。だけど。

『君はまず自分を優先させたほうがいい』

 嶺さんの言葉を思い返す。もっと早くこうすればよかったんだ。

「時間がかかっても、必ず全額お返しします。だから、私を呼び出すのはこれきりに……」

 それ以上は口にできなかった。全身が凍りつく。
 店内の空気まで一緒に凍りついたかのようだった。

「親代わりとして大学に行かせたかっただけだよ。その厚意を、こんなもので切り捨てられるとでも思っているのかい?」

 伯父さんの声音が暴力的な気配を帯びていくのが、ありありとわかる。
 喉が干あがって、私はたまらず膝に置いていたトートバッグを胸に引き寄せた。サイドボタンに当たったのか、バッグの中でスマホの画面が明るくなる。
 ロック画面のハーブの鉢植えが目に入る。今や、すくすくと茂った葉。
 嶺さんが買ってくれた……。
 考えるよりも先に、私はトートバッグに手を入れてメッセージを打っていた。

     *

 日に日に気持ちが知沙へ引き寄せられていく。
 一緒にいるだけで、心が安らぐ。
 健気な言動に、深みに嵌まっていく。
 いつまでも見ていたい、誰よりもそばにいたいと思う。

「嶺がそんなに、ひとりの人間に執着するようになるとはね。でも香港では心が死んでいたことを思えば、いい兆候だよ。あとは、その執着を相手に引かれない程度にぶつけるだけ……あ、もうぶつけた?」

 深行はいかにも楽しそうな声で言うと、社長室のソファに背をもたれさせた。
 俺はパントリー横の自販機で買った缶コーヒーを手に、深行の向かいに腰を下ろす。ふたりとも、休日らしくラフな格好だ。

「衝動で動けるほど若くないんだ、お前も俺も」
「へー、衝動で動けない、ままならない気持ちを鎮めるために、日曜の朝に出社してるんだ」

 思わず苦い顔になると、不破が笑って缶コーヒーのプルトップを引いた。
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