お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 深行とはこれまでもたびたび日曜に打ち合わせをしていた。機密性の高い話をするのに最適だからだ。
 だが、今日はどうも話が逸れてしまっている。

「奥さんに振られた嶺のために、僕があいだを取り持とうか? 昔みたいに」
「あれは、お前がいつも女子の頼みをほいほいと安請け合いしていただけだろ」
「よく覚えてるね」
「お前こそどうなんだ? 誰かいい女性はいないのか」
「残念ながら、僕には雇用契約に応じてくれる奇特な女性がいないんだ」
「茶化すな」
「茶化してないよ。本心から、嶺たちの出会いに感心しているんだ。契約した相手に会ってから恋をするって、どんなドラマかと思うよ」

 その点については否定のしようもない。
 親族からの脅しのような縁談をから逃げるためだけに、深行に適当な相手を見つくろってくれと一任したのだから。
 出会いをふり返っていると、深行が含み笑いをした。

「けど、まさか手も出していないとは。いい歳した大人の男女、しかも夫婦だ。抱き合ってこそ伝わる気持ちもあるのにね」
「からかうな」

 正直なところ、欲はある。
 たやすく手折れそうな細い腰、まろやかでなまめかしさすらある体の輪郭。抜けるように白く、やわらかな肌。

 ――誰にも触らせたくない。俺だけが触れたい。

 ただ契約を盾に部屋に連れこんだも同然だと思うと、罪悪感が邪魔をする。大人の配慮というやつが欲を引き留めている。

「それで奥さんは、今日は?」
「知沙は朝から出かけた。人と会う予定があるらしい」

 俺はガラス越しに、誰もいない秘書席を振り返った。
 思い出しても腹の奥がくすぶっている。誰と会うのか、知沙は俺に言わなかった。だが、出がけに浮かない顔をしていたのが引っかかっていた。
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