お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 嶺さんは押しつけがましくなく、あくまで自分の希望だと私に引け目を感じさせることもなくて……。
 とくとくと、鼓動が騒がしくてしかたがない。きゅうっと、切なくも甘やかな音を立てる胸を、私は手で押さえる。

「さあ、着替えてくれ。私はしばらく出ていよう。終わったら連絡を」
「いえっ、待って、あの……嶺さんも一緒に選んでくださいますか?」

 やけに必死に引き留めたあとで、気恥ずかしくなってうつむいた。
 すると嶺さんが私の前まで近づく気配がして、顎をすくいあげられる。

「俺に選ばせて後悔しないか?」

 小さく笑う嶺さんに、こっそり息をのむ。ああもうダメだ、と観念する。
 目を逸らせない。
 この、一見クールでとても優しい人に抱く自分の気持ちに、気づいてしまった。




 スタイリストさんにあれやこれやと服を体に当てられ、試着しては嶺さんに見せる。
 多忙な嶺さんの時間をもらっているうしろめたさもないとはいえないけれど、他人に手をかけてもらえる経験は初めてで、体がずっと地面から数センチ浮いたような気分だ。
 それにスタイリストさんはさすがプロで、私の体型や肌の色に合わせた上で色々と提案してくれる。普段の服装について相談したら、こうすればより魅力的に見えるというアイデアをたくさん教えてくれた。
 なかでもシフォン素材でできたラベンダー色のシックなノースリーブワンピースを着たときは、はっとした。

 ――これ、私?
 思わず鏡越しにほうっとため息が漏れる。
 ゆるやかに体に沿ったラインは少しばかり心許ない気分になるけれど、ホルターネックが胸元を隠すのでいやらしくない。品よく知的な色香をまとった大人の女性に見える……気がする。
 これなら、嶺さんの隣に並んでも変じゃない……よね。

「どうですか……?」

 嶺さんに釣り合う大人の女性になりたい。
 意識されたい。
 嶺さんの目に、もっと映りたい。
 ともすれば紛れもない本心が漏れそうで、私は嶺さんの視線から逃げるように鏡に向き直った。
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