お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 隣の嶺さんを見あげると、嶺さんが苦虫を噛み潰した顔をしていた。どうやら不破さんの話はほんとうのようだ。
 嶺さんに申し訳なく思いながらも、嬉しさがこみあげてくる。

「今夜はあの顔をつまみに、うまい酒が飲めそう」
「こっちはお前に、いいところを邪魔されたが? 車を返すのは明日にすればよかった」

 電話がきたときの様子を思い返したとたん、かあっと頬が熱くなった。不破さんに顔を見られるのが恥ずかしくて、私はうつむく。
 電話は不破さんからで、車を返せという催促だった。それで、私たちはとるものもとりあえず東堂時計に戻ってきたのだった。
 キスの余韻がまだ残って、体の芯が熱い。
 嶺さんはあのとき、なにを言おうとしたんだろう。

「僕のおかげで間に合ったのを忘れないでくれよ? これで、嶺のステイタス狙いだったあの女……嶺のはとこは縁談が消えるなり別の男と結婚したし、嶺は嶺で羽澄さんとうまくいったし。すべて丸く収まった」

 嶺さんが嫌がっていた縁談のことは気になっていたけれど、お相手も嶺さんへの未練はなさそうでよかった。

「お前には感謝してる。借りも返す。だがひとまず今日は帰る。お前も出ろ」
「着飾った羽澄さんを僕に見せたくないんだ?」
「そのとおりだ。出ろ」

 えっ、と顔を上げるのと同時に嶺さんに肩を引き寄せられた。嶺さんはさっきの渋い顔もどこへやら、平然とした様子だ。
 言葉の意図を聞きたいのに聞けないまま不破さんに家まで送ってもらい、嶺さんの……ううん、夫婦の部屋に戻る。
 先に玄関で靴を脱いで廊下に上がった私は、扉を閉めた嶺さんに待ちきれず口を開いた。

「嶺さん、さっきの続きなんですけど……」
「続き? ああ、キスのか?」
「えっ、違っ」

 うろたえてあとずさると、嶺さんが苦笑した。
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