お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
「そうだろうな。なんだ?」

 嶺さんが靴を脱ぐ。切りだしたものの尋ねる言葉を探しあぐねながら、私は廊下に上がる嶺さんのために壁際に寄って廊下を歩く。

「つまりあの、私を不破さんに見せたくないのはなぜだったのかなって。それからキス……のときになにを言いかけたのかも、気になって」

 これでは、いかにも期待しているみたいだと思う。いたたまれなくなって、私は足を止めた。
 ばくばくと鼓動が速まる私に目を合わせたまま、嶺さんも立ち止まって体を寄せてくる。
 期待と不安で思わず体が逃げを打って、右肩が廊下の壁についた。

「どちらも、行き着くところはひとつだ」

 私の背中越しに、嶺さんが壁に手をつく気配を感じた。とっさに肩をすくめたら、嶺さんが私の前にも手をつく。
 これでは逃げられない。両腕で囲われるような形になって、すがるように嶺さんを見あげた私は、息をひゅっと飲みこんだ。

 普段の涼しげな視線も、ふたりのときに見せてくれる優しい苦笑も、からかいめいた笑みもない。
 男の目で、嶺さんが私を見ている。

「聞く覚悟はできたか?」

 ドッ、ドッ、と心臓が脈打つ音が鼓膜を内側から叩きつける。嶺さんにも聞こえているに違いない。
 熱を帯びた目に吸いこまれそう。
 かすかな予感は胸の内で大きく膨らんでいって、その薄い唇から零れる言葉を今か今かと待ってしまう。
 言ってくれなきゃ、どこへも行けないのに。

「聞かせてください……」

 知らず、目が潤む。
 頭がぼうっとしてくる。
 だけど、嶺さんの声はまっすぐ私に届いた。

「君を好きで、どうしようもないところまで来てしまった。そう言おうとしていたんだ」
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