お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 返事をするまもなかった。吐息ごと、嶺さんの唇に飲みこまれたから。
 唇のやわらかさをたしかめるように、嶺さんが舌先で私の唇をなぞる。ぞくぞくと肌が粟立ち、私は壁にもたれた。
 離れた唇が、また私の唇を追ってくる。重ね合わさったら、今度は深く求められた。
 こんなキス、知らない……っ。
 たまらず嶺さんの腕を掴んだ。嶺さんが私の耳元に手を当てて固定すると、口内を奥まで侵入してくる。
 男の顔をした嶺さんのなすがままだ。
 頭がくらくらして、なにも考えられなくなる。息が浅い。
 キスの合間に、嶺さんの手が私の耳元から下りていく。
 ホルターネックからのぞく肌のなめらかさをたしかめるみたいに、嶺さんの硬い指先が首筋を這う。

「んっ」

 膝の力が抜けてその場にへたりこみそうになった私は、とっさに腰を支えられた。触れられた首筋が熱い。嶺さんの指はひんやりしていたのに。
 ほとんど嶺さんに抱き止められる形で体重を預けながら、私はまだぼうっとした頭で嶺さんを見つめる。

「ほんとうに、どうしようもないな……」

 苦笑した嶺さんの目が切なげにまたたいて、私が映った。口元がへの字になって、顔が歪んでいく私の顔が。

「私も、嶺さんを好きです。もうどうしようもないです……」

 最初はただの社長だった。
 だけど、自分を大切にしなさいと言って私を甘やかして、頼っていいのだと教えてくれて……。
 どこよりも安心できる場所をくれて。
 もう、ほかのどこにも行けないようにされたら、どうしようもない。
 私の髪をさらりとかきあげて、嶺さんが微笑した。

「惹かれ始めた早さでは、俺の勝ちだな。初めて会ったときからだから」
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