お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう

 さっそく後部座席でノートパソコンを開く嶺さんに、私は助手席で気を引きしめるとタブレット端末を手に今日のスケジュールを共有した。

「本日のスケジュールを共有してもよろしいですか? まず、九時よりアメリカの『パース社』と定例web会議、その後十一時より『(はな)(えだ)()(かい)』と、駆動部の新パーツの件で打ち合わせの予定です。資料は共有フォルダに整理しておりますので、ご確認をお願いします」

 今日の嶺さんは、出社の前に素材メーカーでの打ち合わせが予定されている。私は嶺さんを打ち合わせ先まで送ってから出社だ。嶺さんが資料に目を通すのをバックミラーで確認しながら、私もタブレット端末を操作する。

 そういえば一度も尋ねられなかったけれど、運転手の(まつ)(しげ)さんは私たちが夫婦だと知っているんだよね? 運転席を横目で見ながら気恥ずかしくなっていると、後部座席の嶺さんから声をかけられた。

「ところで今朝、君が言っていた件だが。パーティーのあとを考えている」
「えっ? あ……嶺さんのご両親への挨拶ですね」

 気がかりがある、と嶺さんに相談した件だ。
 指輪や式をきちんとしようと言ってくれた嶺さんの気持ちは、もちろん嬉しい。
 けれど三年間も〝妻〟でありながら、私は嶺さんのご家族に挨拶できていなかった。
 書類上だけの立場だったこともあり、これまで気になりながらも言い出せなかった。
 でも嶺さんとほんとうに夫婦として生きていくなら、きちんと挨拶したい。
 私はそう嶺さんに伝えたのだった。職場での公表も含め、すべてはその挨拶のあとにしたい、とも。
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