お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
 毎日のように耳にする〝真夏日〟の予報だけで、早くも夏バテになりそうだ。
 嶺さんと顔合わせの話をしてから三日後、昼休憩から戻ってパントリーで自分用のハーブティーを用意していると、専務の外出に同行していた笠原さんが手で首を仰ぎながら「お疲れさま」と顔を出した。

「こうも暴力的な暑さが続くと、もう同行したくないと思うわね」
「専務の同行、お疲れさまでした。熱中症に気をつけてくださいね」

 笠原さんは帰ってきたところなのだろう、後れ毛が汗でこめかみに張り付いている。私はシンクの前を笠原さんに譲り、端のほうで茶漉()しをマグカップに入れてお湯を注ぐ。
 役職者専用フロアのパントリーは、ほとんど秘書グループ専用みたいなものなので、シンクも冷蔵庫も広々と使えるのがいい。私も、自宅から持参した茶葉をここに置いているし。
 笠原さんは、洒落たラッピングがされた箱から高級そうなチョコレート菓子をひとつ、シンク横の台に置いた。

「はい、あげる。同期が私を慰めるためにくれたんだけど、知沙ちゃんのほうがよっぽど大変だと思うから。これでも食べて頑張って」
「大変って……?」
「やだ、気に障ったなら謝るわ。その……ね、私には専務の秘書という本来の業務があるんだから知沙ちゃんのサポートまでする必要はないって、同期が勝手に怒ってるだけなのよ。社長も秘書がひとりでは心許ないでしょうし、私は気にしていないのに」

 個包装を剥いてチョコレートを口に入れた私は、笠原さんの話に目を見開いた。外の暑さで溶けかけていたのだろう、もったりした甘さが舌にまとわりつく。

「笠原さんも、社長秘書の業務をされてるということですか……?」
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