お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
「嶺さんっ、なにするんですか」
「これでも普段は我慢している。だが今夜だけは別だ。知沙は俺のものだろ」

 涼しい顔で言うのは、ほんとうに心臓に悪い。
 今の私は顔が真っ赤になってるはず。しかも名前で呼ぶなんて、つまりは秘書としてじゃない私への独占欲を示されたわけで。

「家で待っててくれ、知沙。俺以外の男に、見られないように」

 頭が沸騰しそうでくらくらしながら、私は小さくうなずくことしかできなかった。




 先にお風呂に入り、ノースリーブとショートパンツの部屋着に着替えていた私は、夜遅くに帰ってきた嶺さんを玄関で出迎えた。

「お帰りなさい」
「ただいま、知沙。まだ赤いな」

 嶺さんの目がかすかに笑っている。私は思わずカットソーの胸元をギュッと握った。

「これじゃ、明日からしばらく首の詰まった服しか着られません……!」
「そうだな。夏だからといって、職場で肌を見せるのは褒められたものではない」

 嶺さんは靴を脱いで上がると、私が握った手をどけて赤い痕をたしかめる。嶺さんの吐息が湯上がりの肌にかかって、体の芯に火が点る。

「白い肌によく映える」
「……嶺さん、楽しそうですね? 前は、そんな風に笑う人だなんて思いもしませんでした」
「そうだな。自分でも驚く」

 嶺さんが思わせぶりな上目遣いで私を見る。
 職場での姿からはまったく想像ができない、甘くて艶っぽいまなざし。私だけに見せてくれるこの上目遣いに、私はめっぽう弱い。
 最初につけられた痕の隣を吸い立てられたら、たまらず吐息めいた声が漏れた。

「知沙、君に渡したいものがある」

 嶺さんがますます楽しそうにしてネクタイをゆるめると、私を連れてリビングに入る。
 リビングの床に鞄を置いた嶺さんに、腰を軽く引き寄せられた。嶺さんが夏用スーツの内ポケットから手のひら大の白い小箱を取りだす。

「これを身につけてほしい」
「なんですか……?」
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