不良の灰島くんは、真面目ちゃんを溺愛する
第1話 ウワサの灰島くん
○4月中旬・1年3組の朝のホームルーム
担任「これから先週の実力テストの答案を返すから、取りに来てくれ。井上ーっ!」
担任の山下先生(40代男性)が、答案用紙を返却している。
担任「横山ーっ!」
出席番号順で最後に名前を呼ばれた莉子は、席から立ち上がり、教卓まで答案用紙を取りに行く。
担任「えー、この間の実力テストは横山が学年1位だった」
実力テストの答案を全て返却し終えた担任の言葉に、教室がザワザワ。
男子生徒1「横山さん、すげえ。確か入試もトップだったんだよな?」
女子生徒1「さっすが委員長!」
莉子「いっ、いえ、そんな。私なんてまだまだです……!」
クラスメイトたちに一斉に注目されて恥ずかしくなった莉子は、赤くなった顔を答案用紙で隠しながら席に着く。
横山莉子 : 今作のヒロインで、高校1年生。サラサラの黒髪ロングヘアに、丸いメガネをかけている。制服のブラウスのボタンは上まで全部留めており、このクラスの学級委員を務めている。
莉子の机の上の答案用紙の数字は全て95点以上で、中には100点もある。
担任「ところで、灰島は今日も休みだが……誰か何か聞いてないか?」
担任の言葉に顔を青くさせ、首を一斉に横に振る生徒たち。そして、莉子は左隣の空席にそっと目をやる。
莉子モノローグ『隣の席の灰島くんは、入学式の日から一度も登校してきていない』
『噂では入学早々上級生とケンカして、停学になっているとか、いないとか……』
男子生徒2「なあ。灰島って中学の頃、学校で毎日ケンカしてたらしいぞ。ケンカでは一度も負けたことがないって」
男子生徒3「まじかよ、怖ぇ。もしアイツが登校してきても俺、関わらないようにしようっと」
莉子(クラスメイトの子たちはそんなことを言ってるけど。灰島くんって、どんな子なんだろう?)
※頬杖をつきながら、隣の席を見やる。
○休み時間・教室
千帆「実力テストでも学年首位なんて! ほんとすごいよ、莉子〜っ」
莉子の席へとやって来た、ひとりの女子。
笹岡千帆 : 莉子の中学からの友人。三つ編みにくりっと大きな目をした、可愛らしい小柄な女の子。
莉子「ねえ、千帆。灰島くんって、どんな子か知ってる?」
灰島のことが気になった莉子が尋ねると、焦ったようにフルフルと首を横にふる千帆。
千帆「灰島くんの話はしないほうが良いよ。話してるのを本人に聞かれて、目をつけられたりしたら大変だし」
莉子「彼、そんなにヤバい人なの?」
千帆「うん。中学時代は荒れまくってて、誰彼構わず殴って毎日ケンカ三昧だったって」
《不良が殴り合いのケンカをしてる絵》
千帆「だから、莉子も気をつけたほうが良いよ。灰島くんは、金髪にピアスをしてるらしいから。要注意!」
莉子「わ、わかった」
○数日後・学校の廊下
莉子(やばい、やばい。急がなきゃ)
次は音楽の授業のため、音楽室に向かう途中で忘れ物に気づいた莉子は廊下を走っていた。
莉子(廊下は走ったらダメだけど。走らないと、授業に間に合わないから。先生、ごめんなさい〜!)
教室までがむしゃらに走っていた莉子だが、反対から歩いてきた金髪男子(灰島)とすれ違いざまに肩がぶつかってしまった。
莉子「きゃっ!」
──ガシャン!
その弾みで、莉子はペンケースを落としてしまった。
莉子「ご、ごめんなさ……」
謝ろうとぶつかった相手の顔を見た瞬間、莉子はハッとする。
莉子(えっ、金髪にピアス……この人もしかして……)
『灰島くんは、金髪にピアスをしてるらしいから。要注意!』と話す、友人・千帆の回想シーン。
ふと千帆の言葉を思い出した莉子の顔は青ざめ、カタカタと身体が震える。
莉子がぶつかった相手は、ウワサの不良・灰島輝。
サラサラの金髪に、両耳にはいくつものピアス。制服は派手に着崩していて、左頬には絆創膏を貼っている。コワモテだが、整った顔つき。
灰島「お前……」
莉子「ひいっ!」
灰島に鋭い目で睨みつけられた莉子は、凍りつく。
莉子(も、もしかして私……殺される!?)
莉子が、肩を震わせていると。
灰島「……どうぞ」
灰島は莉子が廊下に落としたペンケースを拾いあげると、汚れを落とすように一撫でしてから渡してくれた。
莉子「あっ、ありがとうございます……それと、ぶつかってしまってごめんなさい」
※ぺこりと頭を下げ、ペンケースを受け取る。
灰島「いや。俺のほうこそ、ボーッと歩いてて悪かった。じゃ」
だるそうに歩いていく灰島の背中を見つめる莉子。
莉子(灰島くん……わざわざ私のペンケースを拾ってくれるなんて、優しい。しかも撫でてくれた)※目線をペンケースにやる。
莉子(なんか、噂で聞いていた人とは随分と違ったなあ)
○音楽の授業終了後・1年3組の教室
田中「おい、お前! どこにやったんだよ」
莉子(あれ? なんだか教室が騒がしい……?)
莉子が音楽室から教室へ戻ってくると、何やら教室がザワついている。
真っ赤な顔をしたメガネ男子・田中が、着席している灰島に向かって叫んでいるのを見た莉子は目を大きく見開く。
灰島「……どこにやったって、何が?」
田中「僕の財布だよ! 確かにカバンのポケットに入れたのに。どこにもないってことは、灰島が盗ったんだろ!?」
どうやら田中くんの財布がなくなり、灰島に疑いの目が向けられていると理解した莉子。
灰島「はあ? 俺、お前の財布なんか知らねえよ。変な言いがかりつけんな」
灰島にきつく睨まれ、田中は一瞬怯むも。
田中「う、嘘をつくな!」
男子生徒2「そうだ、そうだ。さっさと返してやれよ、灰島」
女子生徒1「盗るなんてひどい〜」
他のクラスメイトたちも皆、灰島に疑いの目を向けている。
莉子(さっき廊下でぶつかったとき、私のペンケースを拾ってくれた人が、こんな盗みとかするかな?)
莉子(この前の朝礼のときは皆、あれだけ灰島くんのことを怖がっていたのに。こういうときはすぐ、彼を犯人扱いするなんて……いくら何でもひどい)
気づいたら莉子は田中と灰島の元に駆けていき、ふたりの間に割り込んでいた。
莉子「ちょっと待ってよ田中くん、みんな」
両手を大きく広げ、莉子は灰島をかばうように彼の前に立つ。
莉子「盗んだって証拠もないのに、灰島くんのせいにするのは良くないよ」
莉子に言われて、バツの悪そうな顔をする田中。
莉子「ねえ、田中くん。財布がないことにはいつ気づいたの?」
田中「えっと。今朝の登校時には、確かにあったんだけど……」
莉子「だったら、もう一度探そう」
千帆「莉子、わたしも手伝うよ!」
それからクラスの何人かで校内をくまなく探した結果、財布は生徒会室の近くに設置されている落とし物ボックスに届けられていた。
《田中が灰島にペコペコ頭を下げて謝る絵。》
○数日後・1年3組のLHR
この日は、2週間後の4月末に行なわれる遠足の班決めが行われた。
現在、教室では決まった班ごとに生徒が集まって座っている。
蒼真「よろしくね、横山さん」
莉子に向かってニッコリ微笑む男子生徒。
谷崎蒼真 : 黒髪短髪で、サッカー部の爽やかイケメン。
莉子「はっ、はい!」
莉子(うそ、やったあ。谷崎くんと、一緒の班だなんて……!)
クジ引きで運良く、憧れの男子・蒼真と同じ班になれた莉子は頬がゆるむ。
担任「ちなみに遠足はハイキングで、山頂に着いたら班ごとに分かれてカレー作りをしてもらうからなあ」
担任の“カレー作り”という言葉に、莉子の顔がこわばる。
莉子(うそ……遠足でカレーを作らないといけないの?)
蒼真「横山さんって頭が良いから、料理とかも得意そう。一緒の班なら安心だね」
蒼真に言われた莉子は、はははっと苦笑い。
莉子(そういえば、谷崎くん……)
〈回想〉
○ある日の学校の休み時間・教室
蒼真の友人『なあ、蒼真ってどんな女子がタイプなん?』
蒼真『そうだなあ……俺は、料理上手な子かな。俺、料理苦手だからさ。苦手な料理でも彼女に優しく教えてもらいながらやったら、楽しそうだなって思って』
キラキラの笑顔で友達に話す蒼真。
〈回想終了〉
莉子「えっと、私……」
女子生徒1「学級委員の横山さんが一緒だと、頼りになる」
女子生徒2「ほんとほんと! よろしくね〜」
莉子「は、はい」
何か言おうとした莉子だが、憧れの蒼真の会話を思いだし、更には同じ班の女子たちにまで期待の眼差しを向けられ、口を閉ざす。
莉子(どうしよう。こんなんじゃ、とても言えそうにないよ。『実は私、料理が苦手です』だなんて……)
ギュッと目を閉じてうつむき、拳をきつく握りしめる莉子。
実は莉子は料理が苦手で、壊滅的に下手。できることなら、一生料理をせずに生きていきたいと思っている。
○放課後・莉子の家(一般的な二階建て一軒家)
父は夜遅くまで仕事、母も今日はパートでいない。
莉子(お腹空いた……)
リビングからキッチンにやってきた莉子は、テーブルの上にホットケーキミックスがあるのを発見。
莉子(料理はなるべくしたくないけど……ホットケーキ、作ってみようかな)
そう思い、久しぶりにキッチンに立つ莉子だったが……
莉子「きゃあ」
・ホットケーキミックスの粉を、床にぶちまける莉子。
・ホットケーキをひっくり返すときに、生地を周りに飛び散らせてしまう莉子。
・モタモタしてホットケーキを上手くひっくり返せず、失敗する莉子の絵。
○1時間後・リビング
莉子「はあ……失敗しちゃった」
テーブルの上にあるホットケーキは真っ黒で、歪な形をしている。
隣のキッチンは調理器具が散乱したり、汚れがひどくグチャグチャ。
莉子(メガネをかけていて、真面目そうに見えるとか。そういう見た目の印象で、料理ができそうって思わないで欲しいよ……)
「うう、不味い」と、自分で作ったホットケーキを食べて顔を歪める莉子。
莉子(だけど……)
今日のホームルームでの、蒼真や同じ班になった子たちの顔を思い出す。
莉子(せっかく班のみんなが、私に期待してくれているんだから。その期待に応えられるように、少しでも料理が出来るようになりたい)
莉子(それに……カレー作りに失敗して、谷崎くんに幻滅されたくないし。彼に少しでも良いところを見せたい……よし!)
莉子は服の袖を捲って立ち上がり、カレー作りの練習をしようとキッチンへ向かう。
しかし……。
莉子「痛っ!」
野菜を切るときに指を切ってしまったり。
莉子「きゃああ」
カレーを焦がしてしまったりと、この日の莉子のカレー作りは失敗に終わってしまった。
○翌日の昼休み。学校の中庭
莉子(はあ……昨日は、全然上手くできなかったな)
昼食を食べ終えた莉子が中庭のベンチに座りながら、昨日の自分の出来の悪さに落ち込んでいると。
不機嫌そうな顔をした灰島が歩いてくる。
莉子からは負のオーラが漂っており、それに気づいた灰島は彼女の前で立ち止まる。
灰島「おい。こんなところでどうした?」
莉子「べつに何でもない……って、灰島くん!?」
うつむいていた顔を上げ、自分に話しかけてきたのが灰島だと気づいた莉子は目を丸くする。
莉子(な、なんで灰島くんが私に話しかけてるの!?)
莉子(もしかして私、何かしちゃった!?)
目つきの悪い灰島に、莉子は思わずビクビク。
灰島「何があったか分からねえけど……これやるから。元気出せよ」
莉子「え?」
灰島が、赤いリボンでラッピングされたマフィンを莉子に渡す。
莉子「マフィン?」
灰島「ああ。お前にやる。もしかして、甘いものは嫌いか?」
莉子「ううん、大好き……ありがとう」
いかつい顔で見てくる灰島に、莉子は戸惑いながらも受け取る。そして、恐る恐るマフィンをパクッとひとくち。
莉子「んんっ! 美味しい!」
※一瞬で顔がパッと明るくなる
莉子「灰島くん、このマフィンすごく美味しいよ。これ、どこのお店のマフィン?」
灰島「……ナイショ」〈そっけない感じで〉
莉子(教えてくれないのかあ。残念)
※しゅんと肩を落とす。
灰島「つーか、お前……その指どうしたんだよ」
マフィンを手にする莉子の指が、絆創膏だらけなことに気づいた灰島。
莉子「えっと……」
灰島「誰かにやられたのか?」
莉子(誰かにやられたって、ケンカしたわけでは……)
莉子は一瞬躊躇するも、尋ねる灰島の声は優しい。
莉子(せっかく灰島くんが気にかけてくれてるんだから、話さないと悪いかな)
莉子(それに、誰かに聞いてもらったほうが、少しは気持ちが楽になるかも。)
そう思った莉子は、灰島にワケを話すことに。
灰島「ふーん……」
それからしばらく沈黙が続く。
莉子(やっぱり料理のことなんて、灰島くんに話すべきじゃなかったかな)
灰島「……良かったら、俺が教えようか?」
莉子「え? 教えるって何を?」
灰島「料理だよ。俺が、横山さんに料理を教えてやるよ」
莉子(……はい? 不良の灰島くんが私に料理を教えるって……う、うそでしょ!?)