不良の灰島くんは、真面目ちゃんを溺愛する
第2話 灰島くんと秘密の練習
〈前回の続き〉
莉子(『俺が教えようか?』って。失礼だけど、料理ができなさそうな灰島くんが、いきなり何を言ってるの? もしかして冗談?)
灰島「実はそのマフィン……俺が作ったんだ」
莉子「え?」※口を開けてポカン
莉子(……このマフィンを灰島くんが?!)
※マフィンを凝視。
灰島「俺、こう見えて実は……料理やお菓子作りが趣味で。家でけっこう作るんだよ」
「あまり人には話したくないんだけど……」と、頬を少し赤くさせて話す。
莉子(う、うそー!? 見た目が不良で、コワモテの灰島くんが……い、意外すぎる)
灰島が莉子に見せてくれたスマホには、マカロンやクッキー、オムライスなど、カラフルで美味しそうなお菓子や料理の写真がたくさん。
それを見て「灰島くんすごい」「美味しそう」と、ヨダレを垂らす莉子のデフォルメ絵
莉子「でっ、でも……教えてもらうなんて、やっぱり悪いよ」
灰島「この間、俺のことをかばってくれたお礼をさせて欲しい。俺が田中の財布を盗んだって、クラスの皆が疑いの目を向けるなか、横山さんだけは信じてくれて……嬉しかったから」
〈教室で莉子が両手を広げ、灰島をかばうように彼の前に立つ第1話の回想シーン。〉
灰島「だから俺、少しでも横山さんの役に立ちたいんだ」
莉子(灰島くんって、律儀なんだな)
と思いつつ、莉子は悩む素振りを見せる。
莉子(灰島くんが、せっかくこう言ってくれてるんだから。彼の善意を無駄にしたら悪いよね?)
莉子(それに、こんなにも美味しいマフィンを作れる灰島くんが先生なら、私も少しは上達できるかもしれない)
莉子「それじゃあ灰島くん……よろしくお願いします。私に、料理を教えてください」
灰島「ああ。喜んで」
頭を下げる莉子に、灰島が小さく微笑む。
こうして莉子は、灰島に料理を教えてもらうこととなった。
○翌日の放課後。莉子の家のキッチン
(オシャレなインテリアが並ぶ、カウンターキッチン)
莉子の家は学校から徒歩10分ほどのところにあるため、家でカレー作りの練習をすることに。
灰島「お邪魔します」
莉子の家にやって来た灰島は、持参のマイエプロンをつける。
莉子(わ。灰島くんのエプロン姿、初めて見たよ)
莉子(ていうか灰島くんって、よく見るとイケメンさんだよね)
ポーッと灰島に見とれながら、莉子も花柄のエプロンをつける。
灰島「花柄のエプロン……やべぇ。めっちゃ似合ってるし。可愛すぎる」
※ボソッと言ったため、莉子には灰島の言葉がよく聞こえず。
莉子「ん? あの……灰島くん、いま何か言った?」
灰島「いや、何でもない……気にしないでくれ」
耳を赤くさせながら、ふいっと顔を背ける灰島に首を傾ける莉子。
莉子(灰島くん、変なの……)
そして、キッチンに並んで立つ二人。
身長が155cmの莉子は、身長180cmの灰島を背が高いなあと思わず見上げる。
莉子(我が家のキッチンに、灰島くんが立っているなんて。なんだか変な感じ……)
灰島「それじゃあ、莉子。まずは、野菜から切っていこうか」
灰島のいきなりの呼び捨てに、ドキンと胸が大きく跳ねる莉子。
莉子「灰島くん、いま名前……」
灰島「ああ、急に悪い。“横山さん”だと、どうも長くなるから。“莉子”のほうが短くて、呼びやすいなって思って」
灰島「もし横山さんが嫌じゃなければ、これから莉子って呼んでも良いか?」
莉子(嫌だって、断る理由も特にないし……)
莉子「うん。良いよ」
灰島「良かった。それじゃあ莉子、改めてよろしくな」
莉子「はいっ!」
莉子(わ〜っ。お父さんや親戚のおじさん以外の男の人に、初めて名前を呼び捨てにされた……!)
灰島「そしたらまずは、じゃがいもを洗って、皮を剥いてくれる? 莉子、包丁で皮剥きってできる?」
莉子「ま、任せて!」
莉子(じゃがいもの皮を剥くくらいなら、私にもできるはず!)
莉子が気合いを入れて腕をまくり、包丁とじゃがいもを手にするが……。
───数分後。莉子は分厚く剥き過ぎてしまい、じゃがいもは最初よりもうんと小さくなってしまった。
灰島「……」
※莉子の剥いたじゃがいもを、怖い顔で見ている。
莉子の出来が自分の予想以上だったため、すぐに言葉が出て来ない灰島。
そんな灰島に莉子は『どうして灰島くん、何も言わないの……』と、内心不安でいっぱい。
灰島「……じゃがいも、随分と可愛らしくなったな」
莉子「ご、ごめん……」しゅんと肩を落とす。
灰島「まあ、最初はこんなもんだよ。それじゃあ次、じゃがいもを切ってみようか」
莉子(よし。次こそ、挽回しなくちゃ)
灰島「ていうか莉子、包丁その持ち方だと指切れるぞ?」
莉子「え? あ、痛っ」
灰島が言ってるそばから、さっそく莉子は人差し指の先を切ってしまった。
莉子の指から、血がじんわりと溢れてくる。
灰島「大丈夫か?!」
心配そうな顔つきで、莉子のケガした指先を見る灰島。
莉子「大丈夫だよ。ちょっと切っただけだから」
傷自体は小さいが、思いきり切ってしまったからか、指の出血はなかなか止まらない。
灰島「ちょっとこっち来て」
莉子「えっ!?」
灰島は莉子のケガしていないほうの腕を掴んで引っ張ると、そのままキッチンの流し台へ連れていく。
そして灰島は、莉子のケガした人差し指を水を当てて洗ってくれた。
莉子「いっ……」
誤って切ったところが滲みて、莉子は顔をわずかに歪める。
灰島「痛むよな。もう少し我慢してな」
莉子の右隣に立つ灰島の口調は、優しい。
切り傷の部分は、徐々に冷たくなっていくけれど。灰島に掴まれたままの指はずっと熱を帯びていて、莉子は終始ドキドキが止まらない。
○数分後、莉子の家のキッチン
灰島「よし。これで消毒完了」
ケガした指を洗い終えたあと、灰島が莉子の指を消毒し絆創膏を貼ってくれた。
灰島「莉子のケガが、早く治りますように」
そう言って灰島が、莉子の怪我した指をそっと撫でてくれる。
莉子「あ、ありがとう。灰島くん」
莉子(まさか、手当までしてくれるなんて。優しいなぁ)
莉子「灰島くん。私、さっそく失敗しちゃったけど……続き、頑張るから」
キッチンの椅子から、勢いよく立ち上がる莉子。
灰島「いや……莉子、お前はもう何もしなくて良い」
莉子「えっ、どうして!?」
先ほどまでとは打って変わって灰島の口調が冷たくなり、莉子はちょっと傷つく。
莉子(失敗して、ケガまでして。たくさん迷惑かけたから。さすがに呆れられちゃったかな)
立ち上がったところだが、莉子は再び椅子に座りこむ。
莉子「……私が、迷惑ばかりかけちゃってるから?」
灰島「違う。迷惑だなんて思ってない。ただ、莉子の大事な指にこれ以上絆創膏が増えたら大変だから」
莉子(灰島くん、私のこと心配してくれてたんだ)
指が絆創膏だらけの自分の手に目をやる。
灰島「今日のところは俺がするから、見てて。まだ初日だから、焦らずゆっくりやっていこう」
莉子「分かった」
灰島が玉ねぎの皮を向き、トントントン…と切っていく。
莉子(す、すごい。灰島くん、プロの人みたい)
リズミカルな音に感心し、彼の見事な包丁さばきに見とれる莉子。
灰島「野菜を切るときは、野菜をおさえる手を猫の手にすると良い」
※左手を猫の手っぽくする
莉子「こ、こう?」
灰島と同じように、自分の手のひらを猫の手にしてみせる莉子。
灰島「そうそう、上手い!」
※歯を見せて笑う
莉子(わ、笑った……!)
初めて見る灰島の笑顔に、莉子は胸がドキッと跳ねる。
莉子(灰島くんはあまり笑わないのかなって思っていたら、普通に笑うし。ケガの手当までしてくれて、優しい)
莉子(クラスのみんなは、灰島くんのことを怖いっていうけれど。それはやっぱり、誤解なのかもしれない)
○翌日。1年3組の教室
教室の自分の席で数学の授業を受けながら、左隣の灰島のほうを見る莉子。
灰島は、机に突っ伏して眠っている。
莉子(灰島くんは学校では相変わらず、みんなから怖がられているけど……)
・鋭い目つきで廊下を歩く灰島に、周囲の生徒がビクビクしている絵
莉子(まさか、不良とみんなから怖がられている灰島くんが、あんなにも料理が上手だったなんてびっくり)
莉子(昨日のカレーも、すごく美味しかったし)
・昨日の回想。
灰島が作ってくれたカレーを美味しいと言いながら頬張り、おかわりする莉子。
莉子(私も人のことは言えないけど。人ってほんと見かけによらないなあ)
灰島のほうを見ながら、莉子は微笑む。
それから、灰島と莉子の家での練習の日々が続く。
・莉子にカレー作りをレクチャーする灰島。
・「上手いな、莉子」と、野菜を切る莉子を褒める灰島。
・初めて莉子のカレー作りが成功し、二人で喜び合う莉子と灰島。
○遠足前の練習最終日。放課後・莉子の家のキッチン
莉子「今日でいよいよ最後だね。ごめんね? 何回も練習に付き合わせてしまって」
灰島「いや、いいよ。俺も、莉子と一緒に料理するの楽しかったし。それに……クラスメイトや好きな人の前では、かっこ悪いところや下手なところを見せたくないっていう莉子の気持ちも分かるから」
この日もいつものように、莉子の家で二人で練習していると。
莉子の母「ただいま〜」
パートに行っていた莉子の母が、この日はいつもよりも早く帰宅。
莉子の母 : 40代半ばくらいでショートヘア。
キッチンで初めて灰島を見た母は、目を見開く。
莉子の母「あら、お客さん!? もしかして、莉子の彼氏〜?」ニヤニヤ顔で。
莉子「ち、違うよお」
灰島「初めまして、灰島輝といいます。僕は、彼氏じゃなくただのクラスメイトです……でも、僕としてはいつかそうなれたら良いなって思ってます」
莉子(え!?)
思いもよらぬ灰島の言葉に、ポポポッと頬が熱くなる莉子。
莉子(いつかそうなれたらって、灰島くん……お母さんの手前、リップサービスみたいなものだよね?!)
莉子の母「あらあら。嬉しいこと言ってくれちゃってぇ。あっ、そうだ。灰島くん、良かったら家でお夕飯食べていってちょうだい」
※ニコニコと上機嫌。
莉子「お母さん。今、灰島くんに料理を教えてもらってるから。邪魔しないでくれる?」
莉子の母「最近、料理の苦手な莉子が珍しくカレーとかシチューを作ってくれてるなって思っていたら……まさか、灰島くんに教えてもらってたなんて」
〈※カレーばかりでなく、たまにクリームシチューや肉じゃがにして練習していた〉
莉子の母「料理ができる男の子って、良いわねえ。うちの旦那、料理は全くできないもの」
「ねえ、お母さんはあっち行っててよ」という莉子を無視して、母は話し続ける。
莉子の母「ねえ、灰島くん。カレーの隠し味は何を入れてるの?」
灰島「そうですね、僕は……」
莉子の母と料理トークで盛り上がる灰島。
母に向かって自分のことを『俺』ではなく『僕』と言ったり、母とも嫌な顔ひとつせずに話す灰島を良い子だなと思いながら莉子は見つめる。
その後、遠足前最後の練習で主に莉子がひとりで作ったカレーライスを、家でご馳走になった灰島。
○夕食後。莉子の家の門前・外は薄暗い(19時頃)
莉子「遅くまでごめんね、うちのお母さんが……」
灰島「いや、莉子のお母さんと話すの楽しかったよ。あと、莉子の作ったカレー、今までのなかで一番美味かった」
莉子「ほ、ほんと!?」
莉子の顔が、花が咲いたように明るくなる。
灰島「うん、本当。練習を始めた頃に比べたら、莉子かなり上達してるし。明日のカレー作りも、きっと上手くいくよ」
灰島が優しい顔つきで、莉子の頭をポンポンと撫でる。
莉子「あ、ありがとう。灰島くん、気をつけて帰ってね」
灰島「ああ。それじゃあ明日、また学校で」
小さく微笑み、駅へと向かって歩いていく灰島の背中を見つめる莉子。
莉子(明日はいよいよ、学校の遠足だ。緊張するけど……頑張ろう!)