不良の灰島くんは、真面目ちゃんを溺愛する
第5話 灰島くんのいない日
○遠足から数日後。1年3組の朝のホームルーム
担任「えー、灰島は今日は風邪で欠席だ」
莉子(灰島くん、今日は休みなんだ……)
ちらっと、左隣の誰も座っていない灰島の席を見る莉子。
莉子(灰島くんが風邪を引いたのって、もしかして……私のせいかな? 千帆の話によると遠足のあの日、灰島くんは私のことをずっと探してくれていたみたいだし)
〈※前話の遠足で、莉子のことを懸命に探す灰島の回想シーン〉
莉子(あの日私のことを見つけてくれてからも、灰島くんはしばらく雨に打たれていたから)
〈※崖下に落ちた莉子を助けに来た灰島が、莉子を包み込むように抱きしめながら雨に打たれる回想シーン〉
莉子(灰島くん、心配だなぁ。それに……今日は灰島くんの顔を見れないんだって思うと、寂しいって感じるのはどうしてだろう)
机に頬杖をつきながら、灰島の席を見つめる莉子。
○放課後。1年3組の教室
担任「横山ー! 悪いけど、この間の遠足のレポート、教室の後ろの壁に貼ってくれないか?」
莉子「あっ、はい」
担任から、クラスメイトの遠足のレポートの束を受け取る莉子。
担任「それじゃあ、よろしく頼んだぞ」
ニッコリ笑顔で言うと、担任は早足で教室を出て行く。
千帆「ちょっと、莉子。先生に、また雑用頼まれちゃったの?」
莉子「うん。まあ、学級委員だし仕方ないよ」
千帆「でも、今日は男子の学級委員の本田くんも体調不良で休みだし……」
莉子(そうなんだよね。灰島くんといい、いま風邪が流行ってるのかな?)
千帆「ねえ、莉子。わたし、手伝おうか?」
莉子「ありがとう。でも、千帆が部活に遅れるといけないから行って? 今日は、数少ない活動の日でしょう? 私は大丈夫だから」
〈友人の千帆が所属する美術部は、活動が週3回〉
千帆「そう? それじゃあ頑張ってね! バイバイ」
莉子「うん。バイバーイ」
部活に向かう千帆を見送ってから、莉子は作業に取りかかる。
誰もいなくなった教室は、シーンと静まり返っている。
莉子が椅子にのぼり、壁にレポートを貼っていると、窓の外のグラウンドから声が聞こえ、莉子はそちらに目をやる。
莉子「あっ、谷崎くんだ」
クラスメイトでサッカー部の谷崎蒼真が、グラウンドを走っているのを発見。
莉子(谷崎くん、頑張ってるなあ。私も頑張らないと)
それから莉子は、レポートを壁に1枚1枚画鋲で刺していく作業を黙々と繰り返す。
背が高くない莉子は壁の上のほうが届きにくく、「よいしょ」と反動をつけたとき。
莉子「わあっ!」
勢いよく反動をつけたせいで椅子がぐらぐらと揺れ、莉子は落ちそうになってしまう。
莉子(やだ。おっ、落ちる……!)
蒼真「危ないっ!」
椅子から落ちかけた莉子の体を後ろから蒼真が抱きしめ、支えてくれた。
蒼真「横山さん、大丈夫!?」
莉子「えっ、谷崎くん……いつの間に教室に!?」
さっきグラウンドを走る蒼真を窓から見ていた莉子は、目をぱちぱちさせる。
蒼真「練習しようとしたら、スパイクを忘れたのに気づいて。取りに来たんだよ」
莉子「そっか、スパイクを……って!」
莉子(私……今、後ろから谷崎くんに抱きしめられてる!?)
自分が蒼真に後ろからハグされているような体勢になっていることに気づいた莉子は、ドキドキと胸の鼓動が速くなる。
蒼真「あっ。ご、ごめん!」
慌てたように言うと、蒼真は莉子からそっと離れる。
莉子「ううん。助けてくれて、ありがとう」
蒼真が離れてからもしばらく胸のドキドキはおさまらず、莉子は制服の上から胸を手でおさえる。
莉子(いきなりでびっくりしたけど。谷崎くんに助けてもらえて良かった。)
莉子(そうでないと私、きっと今頃床にひっくり返っていたから……)
蒼真「横山さん、先生にまた雑用頼まれたの? 俺も手伝うよ」
莉子「えっ。でも、谷崎くん部活があるのに悪いよ」
蒼真「良いの良いの。今ちょうど休憩中だから」
そう言って、莉子の手にあるレポートを10枚ほど取る蒼真。
蒼真「高いところは俺がやるから。横山さんは、下のほうを貼ってよ」
莉子「うん。ありがとう」
莉子が椅子を使わないと届かないような高いところでも、背の高い蒼真は立ったまま楽々と手が届いている。
それからは、しばらく黙々と作業する二人。
莉子(谷崎くんって優しいな。高校に入学して間もないあのときだって……)
〈回想〉
○4月。入学式から数日後の放課後。
学級委員になった莉子は、担任から課題のノートを職員室から教室まで運ぶように言われ、大量のノートを手に廊下を歩いていた。
莉子(うう。ノートのせいで、前がよく見えない……)
何冊ものノートを胸の前で抱えているため、目元が隠れてしまって足元がおぼつかない莉子。
足元に気をつけながら、ゆっくりと階段をおりていたが……。
ズルッ!
莉子「きゃっ」
ふとした瞬間に足が滑ってしまい、莉子は体が大きく後ろにのけぞった。
莉子(うそ。おっ、落ちる……!)
蒼真「危ない!」
間一髪のところで、莉子は後ろから誰かに抱きしめられた。
莉子が後ろを振り返ると、そこに立っていたのは蒼真。
蒼真「キミ、大丈夫?!」
莉子「はっ、はい」
莉子モノ『このとき、階段から落ちそうになった私を、背後から支えて助けてくれたのが谷崎くんだった』
蒼真「このノート、教室まで運んだら良いの?」
莉子が階段にぶちまけたノートを拾う蒼真。
莉子「はい。でも、悪いですよ」
蒼真「良いの良いの。困ったときは、お互いさまだから」※爽やかな笑顔
莉子モノ『谷崎くんは、私が階段に落としたノートを全部拾ってくれて。そのまま教室まで、一緒に運んでくれたんだ』
〈回想終了・現在の教室のシーンに戻る〉
莉子(思い返せば私、谷崎くんに助けてもらってばかりだな……)
莉子(あのとき、“困ったときはお互いさま”って、私に向けてくれた笑顔がずっと頭から離れなくて。それ以来、谷崎くんは私の憧れの人)
莉子(だから今、こうして彼と一緒に作業ができて嬉しい)
壁にレポートを貼る蒼真の横顔を見つめながら、莉子は微笑む。
○数十分後。職員室前
レポートを壁に貼り終え、教室の戸締まりをした莉子は蒼真と一緒に教室の鍵を職員室まで届けにやって来た。
莉子が職員室に入ろうとしたとき、ガラッと扉が開いて中から担任の山下先生が出て来た。
莉子「あっ、山下先生」
担任「おっ。横山、ちょうど良かった」
莉子(えっ?)
担任「さっきお前に頼み事をしたあとで、悪いんだが……この配布物を、灰島に届けてやってくれないか?」
莉子「わ、私がですか!?」
担任「ああ、頼むよ。横山、灰島と仲良いだろ? アイツと喋ってる女子、クラスでお前だけだし」
莉子(確かに、言われてみればそうだけど……)
・朝、教室で莉子にだけ挨拶する灰島
・休み時間、授業で分からなかったところを莉子に尋ねる灰島
莉子(灰島くんに料理を教えてもらって以来、灰島くんとは学校でもたまに話すようになったんだよね)
担任「灰島は今、ご両親が海外にいてひとり暮らしだから。最初は、男子の学級委員の本田に頼もうかと思ったんだが……アイツ今日休みだろ? だから横山、お前しか頼める人がいないんだ。先生、このあとすぐ会議でな。今日は長引きそうなんだ」
莉子「は、はぁ……」
蒼真「……」
蒼真は、黙って二人の会話を聞いている。
担任「これ、明日からのゴールデンウィーク中の課題なんだ。灰島の家の住所は、ファイルの中のメモに書いてあるから」
莉子(明日からゴールデンウィークで、いつもよりも長い休みに入る。うちの学校は、3連休以上のときは特別に課題が多く出されるから。これがないと、灰島くんも困るよね)
担任「お願いだよ、横山」
莉子「分かりました」
先生から懇願され、人から頼み事をされるといつも断れない莉子は了承する。
莉子(もし灰島くんが、遠足の日に私を探して長い間雨に打たれたせいで風邪を引いてしまったのなら……私にも責任があるから)
配布物の入ったファイルを、担任から受け取る莉子。
蒼真「ねえ、横山さん。良かったら、俺も灰島の家に一緒に行こうか?」
莉子「えっ!?」
蒼真「だって、灰島ってあんな見た目だし。ケンカしてるって噂も、未だに絶えないし。そもそも一人暮らしの男の家に、女の子がひとりで行くなんて……」
莉子(谷崎くん、もしかして心配してくれてるの?)
莉子「……ありがとう。でも、灰島くんは谷崎くんが思ってるような人じゃないよ。だって、灰島くんは遠足のとき私のことを助けに来てくれたから」
蒼真「それは、そうだけど……」
・遠足の日、足を挫いてしまった莉子のことをおんぶして、崖下から山頂まで歩く灰島
莉子(私の家で料理を教えてもらったときも、灰島くんと二人きりだったけど。特に何もなかったしね)
莉子「灰島くんは良い人だから、大丈夫だよ」蒼真にニコッと微笑んでみせる。
莉子「それじゃあ谷崎くん。私、灰島くんの家に行ってくるね」
そう言って莉子が歩きだしたとき、後ろからパシッと手首を掴まれた。
莉子(え……?)
莉子が目を丸くして振り返ると、蒼真が無言で莉子のことを引き止めていた。
莉子「あの、谷崎くん……何か?」
蒼真「あっ、いや……」
莉子に尋ねられ、すぐに掴んでいた手をパッと離す蒼真。
何か言いたそうな様子の蒼真に、莉子は首を傾げる。
蒼真「ごめん、何でもない。横山さん、気をつけて」
莉子「ありがとう。谷崎くんも部活頑張ってね」
蒼真「うん。行ってらっしゃい」
莉子(谷崎くん、私に何か言うことでもあったのかな……?)
蒼真の行動が少し気になりつつも、莉子は彼に背を向けて走り出す。
走っていく莉子の背中をじっと見つめながら、眉を八の字にさせた蒼真がポツリ。
蒼真「本当は、灰島のところに行くなって言いたかったけど。俺がそんなことを言ったら……横山さんを困らせちゃうよな」