身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

1−12 旅の終わりに待ち受けていたもの

――11月

 アリアドネがヨゼフと粗末な馬車でステニウス家の城を出立し、1ヶ月が経過していた。


「アリアドネ、やっと城が見えてきたよ」

青空の下をガラガラと走る馬車の中で御者台に座るヨゼフに声をかけられたアリアドネは窓から外の景色を眺めた。

「まぁ、やっと着いたのね」


それはとても寂しい光景だった。地平線が広がる荒野、そして前方に見えるのは巨大な山脈。頂上付近は既に半分ほど雪に覆われて白くなっている。そして山脈の麓には城壁に囲まれた城が建っていた。

その光景を目にした時、アリアドネの耳に父であるステニウス伯爵の言葉が蘇った。

『あの土地は北にあり、背後を山脈で覆われた寒い土地なのだ』

「本当に……お城の背後は山脈に囲まれているのね……」

「そうだね。でもあの山脈とアイゼンシュタット城が巨大な砦の役割を果たしてくれているからこの国は他国からの侵略を免れているんだよ。他の貴族たちは辺境伯を田舎者貴族だとか野蛮人の集団だとか好き勝手な事を言って馬鹿にしているけれど、本当は感謝するべき方達なのだよ」

ヨゼフは少しでもアリアドネが辺境伯を恐れず、尊敬するべき相手であることを知ってもらう為に言い聞かせるように語った。
何故なら2人はアイゼンシュタット城を目指す旅の合間に散々辺境伯の噂を耳に入れてきたからだ。

戦場の鬼……血に飢えた暴君……。
そのどれもが恐ろしい噂ばかりだった。ヨゼフはアリアドネの事が心配になったが、その事についてアリアドネから話に触れることは一切無かった。

(アリアドネ……。本当は心の中で何を思っているのだろう……?)

ヨゼフは手綱を握りながら、近付いてくるアイゼンシュタット城を眺めているアリアドネをそっと見つめるのだった――



****

 もう少しでアイゼンシュタット城に到着すると言うところで、ヨゼフはこちらへ向かって馬にまたがって駆けて来る2人の騎士に気がついた。

「おや? あの方々は……?」

あっという間に2人の騎士は馬車に駆けつけてきたので、ヨゼフは慌てて馬車を止めた。

「止まれっ! おい、お前は一体我が城に何のようだ? あの城がアイゼンシュタット城であることを知ってやってきたのか?」

「怪しい奴だ。馬車には誰か乗っているのか? 我々に名を名乗れ!」

強い口調でヨゼフに迫る。

「は、はい。私はステニウス伯爵家よりこの度、辺境伯の元へ輿入れすることになりましたお嬢様をお連れ致しました」

ヨゼフは伯爵からアリアドネのことをミレーユとして辺境伯に紹介する様に命じられていたが、敢えて口にはしなかった。
アリアドネの存在を無いものにするような真似はヨゼフにはとても出来なかったからである。

すると途端に2人の騎士は怪訝そうな顔を浮かべた。

「は? 何だって? 輿入れだと?」
「エルウィン様が嫁を貰うだって? そんな話は初耳だぞ?」

「え!? な、何ですってっ! そ、そんなはずはありません! 我々は王命でステニウス伯爵令嬢を辺境伯様の花嫁とするように言われ……ここまでお連れしたのですよ!」

ヨゼフは予想もしていなかった言葉を聞かされ、驚いてしまった。

「我々が嘘をついていると言うのか!?」
「そうだっ! 花嫁がやってくるなど聞かされていないっ!」

騎士たちは怒気を含めた声でヨゼフに詰め寄った。しかし、騎士たちの言葉は尤もだった。何しろステニウス伯爵令嬢がこの城にやってくることを知っているのは、ほんの一握りの者たちだけだったからある。

「私も嘘をついてなどおりません! 伯爵から書簡も預かっております。どうか辺境伯にお目通り願います!」

ヨゼフは必死になって頭を下げた。1ヶ月もの長い旅を続けてようやく到着したというのに、ここで追い返されてしまうわけには絶対にいかなかった。


そんな外の騒ぎをアリアドネは不安な気持ちのままで馬車の中で聞いていた。

(そんな……お城の騎士の方々が私が来ることを何も知らされていないなんて、そんな事があるの? 私は追い出されてしまうの?)



そして、後に……アリアドネの不安な予感は的中する事になる――



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