身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
8-14 氷の貴公子
「そこのお前! 私にそのワゴンを運ばせなさいっ!」
ゾーイはアリアドネにツカツカと近寄ると睨みつけてきた。
「え? で、ですが……」
アリアドネが戸惑っていると、さらにゾーイは強く迫ってきた。
「何をグズグズしてるのよ? エルウィン様達をお待たせしてしまうでしょうっ!?」
そしてアリアドネを突き飛ばした。
「あっ!」
思わず足元がよろけて転びそうになった時……。
ドサッ!
背後から誰かに抱きとめられた。
「あ、ありがとうございます……」
顔を上げて相手を確認し……驚いて目を見開いた。
「あ、貴方は……?」
驚くべきことに、アリアドネを抱きとめていたのはロイだったのだ。
「……何をしている?」
ロイは静かな声でゾーイに尋ねる。
「あ、あなたは……ロ、ロイ様……!」
ゾーイは驚いていた。この城のメイドたちの憧れの存在、『氷の貴公子』と呼ばれるロイがメイド達の前に姿を現すのは稀なことだったからである。
ましてや口をきいている姿を目にするのは初めてだった。
「質問に答えろ。今、お前はこのメイドに何をした?」
ロイはゾーイが返事をしないので更に追求してきた。
「い、いえ……ただ私は……そこのメイドに仕事を代わってあげようかと……」
返事をしながらゾーイはアリアドネをチラリと見た。
アリアドネはロイに背後から抱きしめられている。
(何よ……! あのメイド……! 憧れのロイ様とあんな至近距離で……!)
「このメイドが仕事を代わってくれと頼んだのか?」
「い、いえ……そ、それは……」
ゾーイは歯を食いしばり、俯いた。
(な、何よ……っ! エルウィン様といい、ロイ様といい……どうしてこの女に構うのよ! 元は獣臭くて卑しい下働きの女だったのに……っ!)
ゾーイはメイドの正体が誰なのか気付いたのである。
「あ、あの……ロイ。何故ここに?」
アリアドネは戸惑いながら背後に立つロイを見上げた。
「リアが戻ってくるのが遅いので様子を見に来たんだ」
ロイはじっとアリアドネを見つめた。
「ごめんなさい。まだ城の中の様子がよく分からなかったから……」
2人が会話をしている姿を目の当たりにして、ますますゾーイは嫉妬した。
(ロイ……? ロイですって!? 私は一度も言葉を交わしたことすら無かったのに……しかもあんな親しげに……! 一体何故なの?私とあの女の何処が違うというのよ! 卑しい平民のくせにっ!)
アリアドネが実は伯爵令嬢であり、エルウィンの妻となる為にこの城に来たこと等、ゾーイは知る由もなかった。
(なんて生意気な女なの……っ! こうなったら自分の立場をわきまえさせてやらないと!)
そこでゾーイは訴えた。
「ロイ様っ! その女は元々下働きの下賤な女なのですよ? それがどんな汚い手を使ってメイドになったかは知りませんが……え……?」
まだ話の途中ではあったが、ゾーイは言葉を切った。
何故ならロイが無言で自分を睨みつけていたからである。その目は見る者を震え上がらせるほどであった。
「黙れ……先程から黙っていればいい気になって……余程斬り捨てられたいらしいな?」
それは背筋がゾッとするほど冷淡な声だった。
「あ……も、申し訳ございませんでしたっ! 失礼致しますっ!」
ゾーイは悲鳴じみた声で謝罪すると、バタバタと走り去っていった。
そして残されたのはアリアドネとロイの2人きりとなった。
「あ、あの……ロイ……?」
何とも気まずい空気の中、アリアドネは恐る恐るロイに声をかけた。
「……戻るぞ。オズワルド様がお待ちだ」
「は、はい……」
ロイはアリアドネに背を向けて歩き始めた。
その後ろをアリアドネはワゴンを押しながら追う。
(そんなに戻るのが遅かったかしら……?)
ロイの背中を置いながらアリアドネは思った。
アリアドネはまだ知らない。
ロイがアリアドネに特別な感情を寄せているということを―― 20時半――
ミカエルとウリエルの歓迎会が終了し、子供達は先にアリアドネに連れられて部屋に戻ることになった。
「皆さん、今夜は僕とウリエルの為に歓迎会を開いて頂き、ありがとうございました」
ミカエルは丁寧に挨拶をした。
弟のウリエルは眠そうに目を擦っている。
「ウリエル様、お部屋に戻ったらすぐにお休みの準備を致しましょうね?」
アリアドネはウリエルの手をつなぎ、声をかけた。
「うん……」
何とか返事をするウリエル。
「それでは私はお2人をお部屋に戻りますので、失礼いたします」
丁寧に頭を下げるアリアドネにエルウィンは声を掛けた。
「ああ、ご苦労だったな。それで?部屋には戻れるか?もし無理なら俺が案内を…」
するとロイが口を挟んできた。
「案内なら俺がします」
「え?!」
あまりの突然の発言にエルウィンは驚いてロイを見た。
それだけではない。
シュミットとスティーブも同様に驚きを隠せずにいた。
尤も…この中で一番驚いていたのはアリアドネだったのは言うまでもない。
(そ、そんな…!一体ロイは何を考えているの?仮にも城主であるエルウィン様の言葉を遮るなんて…っ!)
「ほう…やはり…な…」
一方、1人この状況を面白く捉えているのはオズワルドだった。
彼は小声で小さく呟き、不敵な笑みを浮かべてロイを見つめている。
「お、お前…っ!かりにも城主であるエルウィン様に向って何て態度を取るんだっ!」
この歓迎会の最中、ずっとオズワルドとロイに不満を抱えていたスティーブがついに我慢できずに声を荒らげた。
「俺はミカエル様とウリエル様、それにそこのメイドの護衛騎士だ。付き添うのはとうぜんだろう?」
目上の者にもぞんざいな口をきくロイを見てアリアドネは生きた心地がしなかった。
そんな様子の2人をミカエルは怯えた様子で震えて見ている。
「何だと?!貴様…っ!」
スティーブがますます苛立ちを募らせたその時―。
「やめろっ!スティーブッ!」
エルウィンが声を上げた。
「あ…大将…」
青ざめた顔でスティーブはエルウィンを見た。
「落ち着け、スティーブ」
「は、はい…」
渋々スティーブが着席すると、エルウィンは口を開いた。
「良く考えてみればロイがミカエルとウリエル…それに2人の専属メイドの護衛騎士になったのだから、お前が3人を部屋に案内するのは当然だったな。分かった、それではお前が部屋まで送ってやってくれ」
エルウィンはロイに声を掛けた。
「はい、承知致しました」
ロイは席を立つとアリアドネを振り向いた。
「…部屋に戻るぞ」
「は、はい…。ではミカエル様、ウリエル様。お部屋に戻りましょう、皆様。失礼致します」
再度アリアドネは頭を下げると、ロイを先頭に部屋を出ていった―。
4人がダイニングルームからいなくなると、すぐにオズワルドがエルウィンに詫てきた。
「エルウィン様。ロイが失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ございませんでした。後で良く言って聞かせておきますので」
「ああ、全くだ。何だ?あの生意気な態度は」
スティーブはイライラしながらオズワルドを睨みつけた。
「別に気にすることはない。まだまだあいつは若いからな。」
しかし、肝心のエルウィンは然程気にもとめた様子も無く、お気に入りのワインを口にした。
今のエルウィンはワインのお陰で気分が良かったのである。
「ありがとうございます。流石は我が城主様だ、懐の大きさが違う」
オズワルドはここぞとばかりにエルウィンに媚を売る。
「そうか?まぁそう言われると悪い気はしないな」
エルウィンはまんざらでもない様子でオズワルドと会話を続けている。
そんな2人を苛立ち紛れに見るのはスティーブだけでは無かった。
シュミットもまた不快な気持ちでオズワルド見つめていた。
(一体オズワルド様は何を考えておられるのだ?この間まではエルウィン様のことを暴れん坊で情けない城主だと言っておられたのに…。この手のひらを返したような態度は…?)
次にシュミットはエルウィンに視線を移した。
(それにしても…エルウィン様も困った御方だ。ワインを飲めば気が大きくなってしまうのだから。今に何者かに足元をすくわれないか不安になってしまう…)
そしてシュミットは思った。
今後は今まで以上にオズワルドの動きを注視しておかなければ…と―。
ゾーイはアリアドネにツカツカと近寄ると睨みつけてきた。
「え? で、ですが……」
アリアドネが戸惑っていると、さらにゾーイは強く迫ってきた。
「何をグズグズしてるのよ? エルウィン様達をお待たせしてしまうでしょうっ!?」
そしてアリアドネを突き飛ばした。
「あっ!」
思わず足元がよろけて転びそうになった時……。
ドサッ!
背後から誰かに抱きとめられた。
「あ、ありがとうございます……」
顔を上げて相手を確認し……驚いて目を見開いた。
「あ、貴方は……?」
驚くべきことに、アリアドネを抱きとめていたのはロイだったのだ。
「……何をしている?」
ロイは静かな声でゾーイに尋ねる。
「あ、あなたは……ロ、ロイ様……!」
ゾーイは驚いていた。この城のメイドたちの憧れの存在、『氷の貴公子』と呼ばれるロイがメイド達の前に姿を現すのは稀なことだったからである。
ましてや口をきいている姿を目にするのは初めてだった。
「質問に答えろ。今、お前はこのメイドに何をした?」
ロイはゾーイが返事をしないので更に追求してきた。
「い、いえ……ただ私は……そこのメイドに仕事を代わってあげようかと……」
返事をしながらゾーイはアリアドネをチラリと見た。
アリアドネはロイに背後から抱きしめられている。
(何よ……! あのメイド……! 憧れのロイ様とあんな至近距離で……!)
「このメイドが仕事を代わってくれと頼んだのか?」
「い、いえ……そ、それは……」
ゾーイは歯を食いしばり、俯いた。
(な、何よ……っ! エルウィン様といい、ロイ様といい……どうしてこの女に構うのよ! 元は獣臭くて卑しい下働きの女だったのに……っ!)
ゾーイはメイドの正体が誰なのか気付いたのである。
「あ、あの……ロイ。何故ここに?」
アリアドネは戸惑いながら背後に立つロイを見上げた。
「リアが戻ってくるのが遅いので様子を見に来たんだ」
ロイはじっとアリアドネを見つめた。
「ごめんなさい。まだ城の中の様子がよく分からなかったから……」
2人が会話をしている姿を目の当たりにして、ますますゾーイは嫉妬した。
(ロイ……? ロイですって!? 私は一度も言葉を交わしたことすら無かったのに……しかもあんな親しげに……! 一体何故なの?私とあの女の何処が違うというのよ! 卑しい平民のくせにっ!)
アリアドネが実は伯爵令嬢であり、エルウィンの妻となる為にこの城に来たこと等、ゾーイは知る由もなかった。
(なんて生意気な女なの……っ! こうなったら自分の立場をわきまえさせてやらないと!)
そこでゾーイは訴えた。
「ロイ様っ! その女は元々下働きの下賤な女なのですよ? それがどんな汚い手を使ってメイドになったかは知りませんが……え……?」
まだ話の途中ではあったが、ゾーイは言葉を切った。
何故ならロイが無言で自分を睨みつけていたからである。その目は見る者を震え上がらせるほどであった。
「黙れ……先程から黙っていればいい気になって……余程斬り捨てられたいらしいな?」
それは背筋がゾッとするほど冷淡な声だった。
「あ……も、申し訳ございませんでしたっ! 失礼致しますっ!」
ゾーイは悲鳴じみた声で謝罪すると、バタバタと走り去っていった。
そして残されたのはアリアドネとロイの2人きりとなった。
「あ、あの……ロイ……?」
何とも気まずい空気の中、アリアドネは恐る恐るロイに声をかけた。
「……戻るぞ。オズワルド様がお待ちだ」
「は、はい……」
ロイはアリアドネに背を向けて歩き始めた。
その後ろをアリアドネはワゴンを押しながら追う。
(そんなに戻るのが遅かったかしら……?)
ロイの背中を置いながらアリアドネは思った。
アリアドネはまだ知らない。
ロイがアリアドネに特別な感情を寄せているということを―― 20時半――
ミカエルとウリエルの歓迎会が終了し、子供達は先にアリアドネに連れられて部屋に戻ることになった。
「皆さん、今夜は僕とウリエルの為に歓迎会を開いて頂き、ありがとうございました」
ミカエルは丁寧に挨拶をした。
弟のウリエルは眠そうに目を擦っている。
「ウリエル様、お部屋に戻ったらすぐにお休みの準備を致しましょうね?」
アリアドネはウリエルの手をつなぎ、声をかけた。
「うん……」
何とか返事をするウリエル。
「それでは私はお2人をお部屋に戻りますので、失礼いたします」
丁寧に頭を下げるアリアドネにエルウィンは声を掛けた。
「ああ、ご苦労だったな。それで?部屋には戻れるか?もし無理なら俺が案内を…」
するとロイが口を挟んできた。
「案内なら俺がします」
「え?!」
あまりの突然の発言にエルウィンは驚いてロイを見た。
それだけではない。
シュミットとスティーブも同様に驚きを隠せずにいた。
尤も…この中で一番驚いていたのはアリアドネだったのは言うまでもない。
(そ、そんな…!一体ロイは何を考えているの?仮にも城主であるエルウィン様の言葉を遮るなんて…っ!)
「ほう…やはり…な…」
一方、1人この状況を面白く捉えているのはオズワルドだった。
彼は小声で小さく呟き、不敵な笑みを浮かべてロイを見つめている。
「お、お前…っ!かりにも城主であるエルウィン様に向って何て態度を取るんだっ!」
この歓迎会の最中、ずっとオズワルドとロイに不満を抱えていたスティーブがついに我慢できずに声を荒らげた。
「俺はミカエル様とウリエル様、それにそこのメイドの護衛騎士だ。付き添うのはとうぜんだろう?」
目上の者にもぞんざいな口をきくロイを見てアリアドネは生きた心地がしなかった。
そんな様子の2人をミカエルは怯えた様子で震えて見ている。
「何だと?!貴様…っ!」
スティーブがますます苛立ちを募らせたその時―。
「やめろっ!スティーブッ!」
エルウィンが声を上げた。
「あ…大将…」
青ざめた顔でスティーブはエルウィンを見た。
「落ち着け、スティーブ」
「は、はい…」
渋々スティーブが着席すると、エルウィンは口を開いた。
「良く考えてみればロイがミカエルとウリエル…それに2人の専属メイドの護衛騎士になったのだから、お前が3人を部屋に案内するのは当然だったな。分かった、それではお前が部屋まで送ってやってくれ」
エルウィンはロイに声を掛けた。
「はい、承知致しました」
ロイは席を立つとアリアドネを振り向いた。
「…部屋に戻るぞ」
「は、はい…。ではミカエル様、ウリエル様。お部屋に戻りましょう、皆様。失礼致します」
再度アリアドネは頭を下げると、ロイを先頭に部屋を出ていった―。
4人がダイニングルームからいなくなると、すぐにオズワルドがエルウィンに詫てきた。
「エルウィン様。ロイが失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ございませんでした。後で良く言って聞かせておきますので」
「ああ、全くだ。何だ?あの生意気な態度は」
スティーブはイライラしながらオズワルドを睨みつけた。
「別に気にすることはない。まだまだあいつは若いからな。」
しかし、肝心のエルウィンは然程気にもとめた様子も無く、お気に入りのワインを口にした。
今のエルウィンはワインのお陰で気分が良かったのである。
「ありがとうございます。流石は我が城主様だ、懐の大きさが違う」
オズワルドはここぞとばかりにエルウィンに媚を売る。
「そうか?まぁそう言われると悪い気はしないな」
エルウィンはまんざらでもない様子でオズワルドと会話を続けている。
そんな2人を苛立ち紛れに見るのはスティーブだけでは無かった。
シュミットもまた不快な気持ちでオズワルド見つめていた。
(一体オズワルド様は何を考えておられるのだ?この間まではエルウィン様のことを暴れん坊で情けない城主だと言っておられたのに…。この手のひらを返したような態度は…?)
次にシュミットはエルウィンに視線を移した。
(それにしても…エルウィン様も困った御方だ。ワインを飲めば気が大きくなってしまうのだから。今に何者かに足元をすくわれないか不安になってしまう…)
そしてシュミットは思った。
今後は今まで以上にオズワルドの動きを注視しておかなければ…と―。