身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

9-6 朝、訪れた人物

 翌朝――

いつものように、6時に起床したアリアドネは朝の支度をしていた。

――コンコン

メイド服に丁度着替えた頃、部屋の扉がノックされた。

「あら……? こんな朝早くに…誰かしら?」

すぐに扉を開けて驚いた。何とそこにはロイの姿があったからだ。

「まぁ、ロイ。一体こんな朝早くにどうしたの? それにその格好は……」

ロイはいつもの騎士の姿ではなく、麻のチュニック姿に、なめし革のロングブーツを履いていた。

「今日は朝からオズワルド様の命令で、団員達に稽古をつけることになった。だから護衛につくことは出来ない」

ロイは表情を変えずに事情を伝えた。

「そうだったの? それでわざわざ私のところに伝えに来てくれたのね? ありがとう」

アリアドネは笑みを浮かべた。

「別にお礼を言うほどのことではない」

「でもロイはまだ17歳なのに、もう団員の方々に稽古をつけるなんて、本当に強いのね。凄いわ」

そして背の高いロイの頭を腕を伸ばして撫でた。アリアドネにとって、ロイは弟みたいなものだった。

「……子供扱いするな」

ぶっきら棒な様子でこちらを見るロイに、アリアドネは自分が彼に対して失礼なことをしていた事に気付いた。

「あ……ご、ごめんなさい!」

慌ててパッと手を離して頭を下げたアリアドネは気付いていなかった。ロイの耳が赤くなっていたということに。

「それじゃ、俺はもう行くから」

踵を返したロイは歩きかけ……足を止めた。

「リア」

「何?」

ロイは振り向くとアリアドネをじっと見た。

「……1人で城の中を歩く時は気をつけろよ」

「え? ええ……」

アリアドネは訳が分からないまま返事をした。

「……又明日……来る」

それだけ言うと、ロイは今度こそ振り返らずに去って行った。

「何を……どう、気をつけるのかしら……?」

アリアドネは首を傾げると、再び部屋へと戻った。


――パタン


部屋の扉が閉じ、廊下の物陰で人影が動いた。その人物はオズワルドだった。

「ロイの奴……わざわざアリアドネに自分が不在になることを告げに来たのか…。そこまであの女のことを気にかけているのか…面白い」

そしてオズワルドは口角を上げた――

****


 9時――


 エルウィンはいつも通りにシュミットと執務室で仕事をしていた。

「シュミット」

書類にサインをしながらエルウィンが声をかけてきた。

「はい、エルウィン様」

「もうすぐ……年が開けるな」

「ええ、そうですね」

「早く越冬期間など終わってくれればいいのに……」

事務仕事が苦手なエルウィンはため息をついた。
越冬期間が終われば、すぐにアイゼンシュタット城には国王からの勅命で兵を挙げての様々な任務が下される。

彼が何よりも得意だったのは事務処理ではなく、戦場で戦うことだったからである。

「……」

その様子を少しの間、無言でエルウィンを見つめていたが……。

「エルウィン様」

「何だ?」

「今日は仕事は休みにしましょうか?」

「は? お前、突然何を言い出す?」

エルウィンは顔を上げてシュミットを見た。

「ここ最近、エルウィン様は熱心に仕事をされていましたからね。たまにはお休みしても良いではありませんか。久しぶりにミカエル様とウリエル様のお部屋にお顔を見に行かれてはどうですか?」

(この話を出せば、さぞかしエルウィン様は喜ばれるに違いない)

シュミットはそう考えたのだが、何故かエルウィンの顔が曇る。

「……エルウィン様? どうされましたか?」

「いや、別に何でもない……。だが、今日は仕事を休んでも良いと言うなら、そうさせてもらう」

エルウィンは立ち上がった。

「それじゃ、後は頼む」

「ええ、お任せ下さい」

シュミットは笑顔で答える。そんなシュミットを見たエルウィンは無言で頷くと、靴音を響かせて執務室を後にした。



バタンと扉が閉じられ執務室に1人残されたシュミットは首を傾げた。

「……エルウィン様の今の間は一体何だったのだろう……? まぁ、恐らくお2人の様子を見に行かれるのだろうな」

そして、シュミットは1人で仕事の続きを始めた――



< 133 / 193 >

この作品をシェア

pagetop