身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

9-25 呆気に取られる2人

「……それで? 彼女リアさんをここへ連れてきたというわけですか?」

シュミットが執務室の椅子に座るエルウィンに尋ねた。

「ああそうだ。何か仕事をしていないと肩身が狭いと言うから連れてきたんだ。読み書きや簡単な計算なら出来るというから書類の整理位なら任せられるだろう」

そしてエルウィンは隣の席に座るアリアドネに声をかけた。

「出来るよな?」

「は、はい……。が、頑張ります」

アリアドネは恐縮しながら返事をする。
その様子を見ながらシュミットは呆れたようにため息をついた。

「全くエルウィン様は……。よりにもよってメイドにご自身の仕事を……」

言いかけて、ふと思った。

(そう言えば、本来であればアリアドネ様はエルウィン様の妻となる御方だ。それなら城の財政管理の仕事をお願いするのは何もおかしな事ではないはず……)

「どうした? シュミット」

エルウィンは突然黙り込んでしまったシュミットに声をかけた。

「いえ、何でもありません。ではまず一番簡単な仕事から行って頂きましょうか?」

シュミットはエルウィンの机の上から書類を探し出し、抜き取った。
それを見て慌てるエルウィン。

「あ? お、おい! それは俺の……」

「何でしょうか? エルウィン様。いつまでも簡単な仕事ばかりしていると後で厄介な書類ばかり残ってしまいますよ?」

「……う……そ、それは……」

「分かっていただければ結構です。大体仕事を手伝ってもらう為にリアさんをここへ連れてきたのはエルウィン様ではありませんか?」

「……分かった。リア、それではその書類を頼む。やり方はシュミットに尋ねてくれ」

「はい、分かりました。ではシュミット様。宜しくご指導お願い致します」

アリアドネはシュミットに丁寧に頭を下げた。

「い、いえ。こちらこそ宜しくお願いします。まずこちらの書類ですが……」



 エルウィンは書類に目を通しながら、真剣な表情でシュミットから仕事を教えてもらっているアリアドネをチラリと見た。

(うん、足が悪いのにあのような仕事場で働いても落ち着いて座って仕事が出来るはずは無いに決まっている。おまけにあそこにはダリウスとか言う男もいるからな……)

そしてエルウィンは思った。
何故ダリウスもロイもリアに執着するのだろう……と――


****


ボーン
ボーン
ボーン


 17時を告げる振り子時計の音が執務室に響き渡った。

「おや、もうこんな時間ですか。リアさん。本日はここまでで結構ですよ?」

シュミットが書類の整理を行っていたアリアドネに声をかけた。

「はい、分かりました。今丁度終わったところです」

アリアドネは笑みを浮かべてシュミットを見た。

「え? もう終わられたのですか? 手際が良いですね」

「いえ、そのようなことはありません。ですが間違いがあるといけませんので、後で見直して頂けますか?」

「ええ、勿論です」


そんな2人の会話を黙って見ていたエルウィンが声をかけてきた。

「シュミット、俺も仕事を終わりにしていいか? リアを部屋に送り届けてくる」

「いいえ、エルウィン様。まだそちらの種類にサインが残っております。リアさんは私が部屋まで連れていきますので、お仕事を続けて下さい」

「……分かった。好きにしろ」

エルウィンは明らかに不満げな顔を見せたが、特に言い返すことはしなかった。


(やはりアリアドネ様の前ではあまり言い返せないのだろう。これは良い傾向かもしれない)

シュミットは心の中でほくそ笑むと、アリアドネに声をかけた。

「それでは行きましょう」

「はい」

シュミットが手を差し伸べようとしたその時――


――コンコン

扉をノックする音が聞こえた。

「うん? 誰だ?」
「どなたでしょう? 少し待っていてください」

シュミットはアリアドネに声を掛けると、扉へ向った。


「どなたですか?」

扉越しにシュミットは声をかけた。

『ロイです』

「え? ロイッ!?」

慌てて扉を開けると、そこには無表情のロイが立っていた。

「え? お前何しに来たんだ?」

ロイを見たエルウィンは驚いた。

「リアを迎えに来たのです。入ってもよろしいですか?」

「え? ええ……」

うっかり返事をしてしまったシュミットの脇を通り抜けたロイは机の前に座るアリアドネの側にやってきた。

「ロイ……まさか本当に迎えに来たの?」

「そうだ。それでは行こう」

「え? あ、ちょ、ちょっと!」

ロイはアリアドネの静止も聞かずに抱えあげると、呆気に取られているエルウィンとシュミットに頭を下げた。

「それでは失礼致します」

「あ、ああ……」
「わ、分かりました……」

つられて返事をする2人にアリアドネは声をかけた。

「あの……本日はお世話になりました。それで明日は……」

するとロイが口を挟んできた。

「9時に連れてくればよいですね?」

「そ、そうだな」
「え、ええ。お願いします」

「それでは失礼致します」

アリアドネは頭を下げ、ロイは無言でアリアドネを連れて執務室を出ていった。

唖然としているエルウィンとシュミットを執務室に残して――

 
 
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