身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

1-19 一晩の宿

 辺りがすっかり薄暗くなる頃……3人は目的の場所に到着した。

 アリアドネとヨゼフが連れて来られた場所は城から少しだけ離れた場所にある石造りの平屋の建物の前だった。この建物は隣り合わせに2棟並んで建てられている。

シュミットは馬を止めると、馬車を引いたヨゼフを振り返った。

「到着しましたよ」

シュミットは馬から降りるとヨゼフに声をかけた。

「分りました」

ヨゼフは手綱を引いて馬車を止めると、中にいるアリアドネを呼んだ。

「アリアドネ。到着したよ」

「ありがとうございます、ヨゼフさん」

アリアドネが扉を開けて降りようとした時、シュミットが馬車の前にやって来て右手を差し出して来た。

「あ、あの…?」

アリアドネは何の事か分らず、首を傾げた。

「どうぞ、私の手にお掴まり下さい」

アリアドネはその時、これがエスコートなのかと初めて気づいた。

「あ、ありがとうございます……」

おずおずと差し伸べられたシュミットに右手に自分の左手を乗せると、しっかり握りしめられた。

「お気を付けてお降り下さい」

「はい……」

生まれて初めてエスコートされたアリアドネは耳まで真っ赤になりながら、馬車から降りた。
ヨゼフはアリアドネが降りるのを見届けるとシュミットに尋ねた。

「あの、ここは一体どこなのでしょうか?」

「はい、この建物はアイゼンシュタット城で下働きとして働く使用人達が寝泊まりする寮になっているのです。右側が男性寮、左側が女性寮になっております。本来であればあなた方は大切なお客様なので、このような場所に連れてくるなど、もっての他
なのでしょうが、とりあえず今夜はこちらでお休み下さい」

シュミットは申し訳なさそうに頭を下げた。

しかし、アリアドネは気付いていた。

(この方は私達が辺境伯から追い出された事を御存じなのだわ。ここはお城とは離れた場所にあるから、見つからないと思って案内して下さったのね)

そこでアリアドネは頭を下げて、お礼を述べた。

「本当に私達の為に一晩の宿を提供して頂き、誠にありがとうございます」

「御親切にして頂き、ありがとうございます」

ヨゼフもシュミットに頭を下げた。

「お礼を言われるほどの物ではありませんので、どうぞお顔を上げて下さいませんか?」

シュミットは慌てて、2人に声をかけた。逆に、このような粗末な場所しか案内する事が出来ず、罪悪感と申し訳ない気持ちで一杯だった。

「とりあえず、男性寮と女性寮の責任者をすぐに呼んで参りますが、お2人の素性は知られない方がよろしいでしょうか?」

シュミットの質問にアリアドネは少しだけ考え、ヨゼフに意見を求めた。

「ヨゼフさんはどうすれば良いと思いますか?」

「そうだな……私としては身元は明かさない方が良いと思うが、アリアドネはどうだい?」

「はい、私もそう思います」

2人の意見を聞いたシュミットは頷いた。

「承知致しました。ではお2人はこちらまで旅をしてきた方と説明しておきますね」

「どうもお気遣いありがとうございます」

アリアドネはシュミットに再び頭を下げた。

「それでは責任者を呼んで参りますのでお待ち下さい」

シュミットはそれだけ言うと、アリアドネとヨゼフをその場に残し、急ぎ足でまずは女性寮へと向かった――

****


 18時半――

「ふぅ~……今日は大変な1日だった」

長い廊下をエルウィンの執務室に向いながら、シュミットは溜息をついた。

(何とかお2人に一晩の宿と食事を提供して差し上げる事が出来た。後は詳しい話は明日、する事にしよう……。だがその前にまずはエルウィン様にアリアドネ様とヨゼフさんにどのような仕打ちをされたのか、確認を取らなければ)



 もう少しでエルウィンの執務室に到着するという時――

「いいから、さっさとシュミットを探し出してここへ連れて来いっ!!」

いきなり廊下にまで、エルウィンの怒声が響き渡った。

(な、何だ!?)

あまりにも突然の事にシュミットは驚いて足を止めた次の瞬間。

「は、はいっ!!」

同時に執務室の扉が乱暴に開かれ、中から転がる様にスティーブが部屋から飛び出して来た。そしてシュミットと目が合った。

「あっ!シュミット!!」

スティーブは駆け寄って来ると、一気にまくし立ててきた。

「お前、一体今まで何所に行ってたんだよっ! 早く執務室に来てくれっ!! 花嫁の件で大将が激怒してるんだよっ! 何とかしてくれっ!」

戦場で『鬼の将軍』として誉れ高いスティーブでも、『戦場の暴君』と恐れられているエルウィンには流石に叶わない。

「わ、分った……その代わり……」

言いながらシュミットは友人スティーブの右腕を掴んだ。

「スティーブ、今回の一件はお前だって関与しているんだ。一緒に責任を取って貰うからな?」

「わ、分ってるって……」

右腕を掴まれたスティーブは引きつった笑みを浮かべた――







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