身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
12-4 エルウィンの説得
アリアドネは頭を下げたまま顔を上げない。
「アリアドネ……」
(まさか、そんなにこの城を出たいのか……?)
エルウィンはアリアドネの決意が硬いことに少なからずショックを受けていた。
オズワルドの反乱から1週間ほど経過し、その間エルウィンはアリアドネと会うことは無かった。
本当は会いに来たかったのだが、忙しすぎて出来なかったのだ。
その代わり、城の者達からアリアドネの報告を受けていた。
アリアドネはミカエルとウリエルの世話を一生懸命焼いている……との報告を。
だからこそ、エルウィンは安心していたのだ。
ミカエルとウリエルがいれば、アリアドネはこの城を去ろうとは考えないだろうと……。
「顔を上げろ、アリアドネ」
「はい」
エルウィンの言葉にアリアドネは顔を上げた。
「そんなにこの城を出たいのか? ロイが死んだからか?」
「それもありますが……理由はそれだけではありません。元はと言えば、今回の事件が起きた現況は私ですから」
「それは違うぞ! アリアドネッ!」
気づけばエルウィンは大きな声を上げていた。
「エルウィン様?」
「いいか? 今回の元凶は全てオズワルドの仕組んだことだ。たまたまダリウスがこの城に入り込み、オズワルドと出会ってしまった。そして2人の利害関係が一致し、今回の事件がおこった。アリアドネ、お前に罪は何一つない」
エルウィンは真っ直ぐアリアドネの瞳を見つめながら語る。
「けれど……」
尚も言い淀むアリアドネにエルウィンは首を振った。
「それに……アリアドネ。お前がこの城を出て他の土地へ移り住むのはもう……不可能だ」
「え? 何故ですか?」
エルウィンの言葉に目をみはるアリアドネ。
「今回、俺はダリウスの件で国王に書簡を送った。ダリウスのせいでこの城は混乱に陥ったのだ。奴を人質に取り、『カフィア』国へ挙兵する許可を出してほしいと。けれど却下されてしまった。奴の国と『レビアス』国は重要な貿易取引国だから認められないと。陛下の手紙にはこう書いてあった。『第一王子をすぐに釈放して国に返すように』とな」
「え? そうだったのですか?」
(まさかエルウィン様が挙兵まで考えていたなんて……)
「それだけじゃない。陛下はもう一つ俺に要求してきた。越冬期間も開けたことだし、俺の妻になったステニウス伯爵令嬢を連れて、城に参上するようにと。春の訪れを祝うパーティーを開催するそうだ。この国全土の貴族を城に招待するので、是非俺にも参加するようにと言ってきた。ご丁寧に招待状もつけてな」
エルウィンは懐から招待状を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「そ、そんな……」
アリアドネは招待状を見つめながら声を震わせた。
「お前は知らないかもしれないが、ステニウス伯爵家は王族の遠縁に当たる家系だ。元々お前を……と言うか、ステニウス伯爵家の娘を娶るようにと俺は国王から命じられていた。確かに俺はお前を追い出そうとはした。それは国王がお前を連れて城に来るように要求してくるとは思ってもいなかったからだ。だが……このような招待状が届いた以上、言うことを聞かなければならない」
「で、でも私とエルウィン様は……婚姻しておりませんけど……」
「確かにそうだ。けれど、婚約者として一緒に城に参上すれば問題は無いはずだ。もっとも、お前は俺と一緒に国王に謁見するのは嫌かもしれないが……」
エルウィンの声は何処か寂しげだった。
「い、いえ……決して嫌と言うわけではありませんが……私は妾腹の娘ですから……」
むしろ、アリアドネはエルウィンに惹かれていた。
ランベールやダリウスから自分を守ってくれるその強さや、不器用ながらも時折見え隠れするその優しさに……。
「そ、そのことはもう忘れてくれ!俺は偏見を持っていたのだ。叔父上が妾腹の血を引く男で、この城の風紀を見出したことが許せなくて……。それでお前にもあんな酷いことを言ってしまったんだ。今更あの言葉は無かったことにしてくれというのは虫の良い 話だと分かっている。だが……謝らせてくれ。お前は伯爵令嬢でありながら、下働きとしてこの城であかぎれが出来るまで働いていた。アリアドネのような女性が俺は……」
エルウィンはそこで言葉を切って俯いた。
「エルウィン様……」
一方のアリアドネは驚いていた。ここまでエルウィンが言葉を綴るのを聞くのは初めてのことだった。
(今、エルウィン様は困られていらっしゃる……。なら、パーティーに参加してから城を去ればいいわね。少しでもエルウィン様のお役に立てるように……)
「分かりました、それではご一緒に『レビアス』王国へ参ります」
そしてアリアドネは笑みを浮かべてエルウィンを見た。
その本心を隠しながら――
「アリアドネ……」
(まさか、そんなにこの城を出たいのか……?)
エルウィンはアリアドネの決意が硬いことに少なからずショックを受けていた。
オズワルドの反乱から1週間ほど経過し、その間エルウィンはアリアドネと会うことは無かった。
本当は会いに来たかったのだが、忙しすぎて出来なかったのだ。
その代わり、城の者達からアリアドネの報告を受けていた。
アリアドネはミカエルとウリエルの世話を一生懸命焼いている……との報告を。
だからこそ、エルウィンは安心していたのだ。
ミカエルとウリエルがいれば、アリアドネはこの城を去ろうとは考えないだろうと……。
「顔を上げろ、アリアドネ」
「はい」
エルウィンの言葉にアリアドネは顔を上げた。
「そんなにこの城を出たいのか? ロイが死んだからか?」
「それもありますが……理由はそれだけではありません。元はと言えば、今回の事件が起きた現況は私ですから」
「それは違うぞ! アリアドネッ!」
気づけばエルウィンは大きな声を上げていた。
「エルウィン様?」
「いいか? 今回の元凶は全てオズワルドの仕組んだことだ。たまたまダリウスがこの城に入り込み、オズワルドと出会ってしまった。そして2人の利害関係が一致し、今回の事件がおこった。アリアドネ、お前に罪は何一つない」
エルウィンは真っ直ぐアリアドネの瞳を見つめながら語る。
「けれど……」
尚も言い淀むアリアドネにエルウィンは首を振った。
「それに……アリアドネ。お前がこの城を出て他の土地へ移り住むのはもう……不可能だ」
「え? 何故ですか?」
エルウィンの言葉に目をみはるアリアドネ。
「今回、俺はダリウスの件で国王に書簡を送った。ダリウスのせいでこの城は混乱に陥ったのだ。奴を人質に取り、『カフィア』国へ挙兵する許可を出してほしいと。けれど却下されてしまった。奴の国と『レビアス』国は重要な貿易取引国だから認められないと。陛下の手紙にはこう書いてあった。『第一王子をすぐに釈放して国に返すように』とな」
「え? そうだったのですか?」
(まさかエルウィン様が挙兵まで考えていたなんて……)
「それだけじゃない。陛下はもう一つ俺に要求してきた。越冬期間も開けたことだし、俺の妻になったステニウス伯爵令嬢を連れて、城に参上するようにと。春の訪れを祝うパーティーを開催するそうだ。この国全土の貴族を城に招待するので、是非俺にも参加するようにと言ってきた。ご丁寧に招待状もつけてな」
エルウィンは懐から招待状を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「そ、そんな……」
アリアドネは招待状を見つめながら声を震わせた。
「お前は知らないかもしれないが、ステニウス伯爵家は王族の遠縁に当たる家系だ。元々お前を……と言うか、ステニウス伯爵家の娘を娶るようにと俺は国王から命じられていた。確かに俺はお前を追い出そうとはした。それは国王がお前を連れて城に来るように要求してくるとは思ってもいなかったからだ。だが……このような招待状が届いた以上、言うことを聞かなければならない」
「で、でも私とエルウィン様は……婚姻しておりませんけど……」
「確かにそうだ。けれど、婚約者として一緒に城に参上すれば問題は無いはずだ。もっとも、お前は俺と一緒に国王に謁見するのは嫌かもしれないが……」
エルウィンの声は何処か寂しげだった。
「い、いえ……決して嫌と言うわけではありませんが……私は妾腹の娘ですから……」
むしろ、アリアドネはエルウィンに惹かれていた。
ランベールやダリウスから自分を守ってくれるその強さや、不器用ながらも時折見え隠れするその優しさに……。
「そ、そのことはもう忘れてくれ!俺は偏見を持っていたのだ。叔父上が妾腹の血を引く男で、この城の風紀を見出したことが許せなくて……。それでお前にもあんな酷いことを言ってしまったんだ。今更あの言葉は無かったことにしてくれというのは虫の良い 話だと分かっている。だが……謝らせてくれ。お前は伯爵令嬢でありながら、下働きとしてこの城であかぎれが出来るまで働いていた。アリアドネのような女性が俺は……」
エルウィンはそこで言葉を切って俯いた。
「エルウィン様……」
一方のアリアドネは驚いていた。ここまでエルウィンが言葉を綴るのを聞くのは初めてのことだった。
(今、エルウィン様は困られていらっしゃる……。なら、パーティーに参加してから城を去ればいいわね。少しでもエルウィン様のお役に立てるように……)
「分かりました、それではご一緒に『レビアス』王国へ参ります」
そしてアリアドネは笑みを浮かべてエルウィンを見た。
その本心を隠しながら――