身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

3-9 3年前の悲劇

「アリアドネ様、本気で仰っておられるのですか?」

シュミットは自分でも気付かないうちに声が震えていた。

「はい、本気です。元々私はエルウィン様に拒絶されていましたから。単に私がエルウィン様にとって厄介者だからだと思っていたのですが本当の理由が分かりましたので。妾腹という事に嫌悪感を持たれているのであれば私を嫌うのは当然です。もし、私をここにおいている事がエルウィン様の耳に入ればシュミット様だけでなく、他の方々にもご迷惑を掛けてしまうことになります。なので、もしエルウィン様に見つかってしまった場合、私が無理を通してここに住まわて貰っている事を正直に告げて、春になり次第この城を出て行く事をきちんと伝えます」

アリアドネには決意の目が宿っていた。

「け、けれどヨゼフさんはどうされるのですか? あの方はここの暮らしが気に入っておられるようでしたけど」

シュミットは自分でも気付かぬうちに、アリアドネを引き留める為にヨゼフの事を口に出していた。

「ヨゼフさんには、会った際にきちんと自分の意思を伝えます。その上でついてきてくれるのであれば一緒にこの城を出ますし、ここの暮らしが気に入ってると言うのであれば私は1人でここを出て行きます。それにどのみち、もしこの城が万一敵に攻められた場合、やはり戦えない私は皆様の足手まといになりますよね?」

「そ、それは……正直に申し上げますと、そうなる可能性は十分ありますが……」

気休めの嘘を言っても仕方ないと判断したシュミットは正直に答えた。

「ええ、ですので越冬期間が終わり次第速やかにこの城を出て行きます。それまではどうぞよろしくお願い致します」

「は、はい。こちらこそよろしくお願い致します……」

シュミットはそれだけ言うのが精一杯だった。

「それでは、そろそろ仕事に戻りたいと思います。いつまでもスティーブ様に私の代わりに働いて頂くのは申し訳ありませんので」

アリアドネは立ち上がった。

「え、ええ。そうですね。では参りましょうか?」

そこでシュミットはすぐに暖炉の火を消すと、アリアドネを連れて先程の仕事場へと向かった――


****




アリアドネの言葉は思った以上にシュミットに衝撃を与え、彼はすっかり考え込んでしまっていた。

 シュミットにはこの城での暮らしが過酷である事は十分過ぎる位に分っていた。
この城で暮らす者は誰もが自分の特性にあった武器を手に戦う事が出来る。
城のメイド達は銃を撃つことが出来るし、下働きの女性達は弓矢が使える。中には剣を持って戦う事も出来る女性もいるのだ。それに年老いて戦えなくなった使用人達は罠を仕掛ける事が得意であった。

 けれど、アリアドネもヨゼフも当然武器を持って戦う事など出来ない。
エルウィンが城主になってからは、一度たりともアイゼンシュタット城に敵が攻め入った事は無いが、油断は出来ない。その為に彼らは皆、城の仕事以外に定期的に戦う為の訓練を怠らない。

 そもそもエルウィンがこの城の城主になったきっかけは、3年前にアイゼンシュタット城に敵が攻め入ってきた事が原因であった。
その戦いで、不運な事に王妃……エルウィンの母が人質として捕らえられてしまった。そして王妃を助ける為に国王は自らの命を投げ出し……殺害されてしまい、結局王妃も敵の手によって殺害されてしまった。
しかし、エルウィン率いる騎士たちが敵を殲滅させる事に成功し、この城は守られたのであった。
そして両親を失ったエルウィンは失意のままこの城の城主となった――


****

 アリアドネを連れて作業場へ向かいながらシュミットは3年前に起こった悲劇を思い出していた。

(あの後敵国がアイゼンシュタット城を攻める事が出来たのは内通者がいたからだと噂されたな。その人物はランベール様だと陰で言われていたけれども真相は3年経った今でも明らかにはされていないし……)

「あの……シュミット様?」

突然背後からアリアドネに声を掛けられてシュミットは慌てて振り向いた。

「はい。何でしょうか?」

「い、いえ。もう仕事場に着いたのですが…扉を開けないのかと思いまして」

「え? あ!」

気付けばシュミットは扉の前に佇んだままであることに気が付いた。

「こ、これは大変申し訳ございませんでした」

シュミットは慌てて頭を下げると、扉を開けた。

「送って頂き、どうもありがとうございます」

アリアドネは頭を下げると笑顔で中へと入って行った。

その後ろ姿を見つめながらシュミットは思った。

(アリアドネ様……もしエルウィン様に見つかってしまい……そのうえで、この城にとどまっても良いと許可を得られれば貴女はどうされるのでしょうか……)

シュミットは、アリアドネにこの城を去って欲しくはないと願っている自分の気持にまだ気付いてはいなかった――
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