身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

4-1 領民達の為に

――翌朝

雪が降る中、何台もの馬車がアイゼンシュタット城に向かってくる様子を見張り台の上で望遠鏡を使ってスティーブが眺めていた。

「団長、見えましたか?」

スティーブの部下である若い騎士が尋ねてきた。

「ああ、見えたぞ。多分彼らはここから一番近い宿場町の住民達だろう。あそこは特に雪が激しく降る場所だからな。よし、住民たちが避難してきたことを大将に報告してくるか」

スティーブは望遠鏡を部下に向かって放り投げたので、慌てて騎士は受け止める。

「うわっ! 団長! この望遠鏡は高価なのですから投げないで下さいよ! もし壊れでもしたら誰が責任を取るのですか?」

望遠鏡を両手で抱えながら騎士はスティーブに訴えた。

「あ~悪い、悪い。それじゃ引き続き、見張っていてくれ。俺はエルウィン様の元へ行って来る!」

それだけ言うと、スティーブはマントを翻し、螺旋階段を駆け下りて行った――



****

「エルウィン様。先程宿場町の住民たちがこちらへ向かって来る姿を確認致しました」

スティーブが執務室で仕事をしていたエルウィンの元に報告にやってきた。

「そうか、ようやく宿場町の住民たちがやってきたか?」

報告を聞いたエルウィンの顔に安堵の表情が浮かぶ。

「それにしても今年は雪が降るのが早かった為でしょうか。いつもなら雪が降る直前に入城してきたのに、今年は間に合いませんでしたね」

一緒に話を聞いていたシュミットが会話に入ってきた。

「しかし、雪が本降りになる前にこちらへ来れて良かった。もっと雪が深くなれば馬車も出せなくなるからな」

エルウィンの言葉にスティーブが頷く。

「ええ、本当に良かったです。馬車の中には牛も10頭程おりました」
 
「本当か? それは助かる。冬の間は牧場との行き来も出来なくなるからな」

エルウィンは笑みを浮かべた。

「そうですね。牛は我々にとっても必要不可欠な存在ですからね。そして彼らの住居ですが、例年通り使用人達の寄宿舎に隣接する建物を利用して貰います。すでに使用人達に命じて、領民達が入居出来るように手配しておりますので」

説明するシュミット。

「よし、では領民達が辿り着いて落ち着いた頃に連絡をくれ」

「はい、承知致しました。また後程伺います。それでは失礼致します」

エルウィンの言葉にスティーブは会釈し、執務室を後にした。


「……エルウィン様」

「何だ?」

「まさか……ご自身で領民達に挨拶に行くおつもりですか?」

「そうだ。悪いか?」

エルウィンは再び書類に目を通しながら返事をする。

「それを口実に何時間も執務室を開ける事だけはおやめ下さいね。書類が山積みですから」

「チッ!全く、お前って奴は……少し位息抜きさせてくれても良いだろうが……」

そんなシュミットをエルウィンは忌々し気に見ると、ため息をついた――




****

「あの、この建物は何でしょうか?」

アリアドネは雪の降る中、マリアに連れられて寄宿舎の隣にある3階建ての大きな建物の前へ連れて来られていた。他にも大勢の使用人たちが集まり、ぞろぞろと建物の中へ入って行く。

「この建物は簡易宿泊所になっているのさ。部屋も全部で36部屋ある」

「簡易宿泊所ですか?」

「そうだよ。今からここを掃除するんだ。これから越冬期間を過ごす為に領民達がやって来るからね」

「そうなんですか?」

「城で越冬期間を過ごす方が安全だからさ。エルウィン様が城主になってから始めたことなんだよ。領民達を守る為にね。さて私達も中へ入ろうか?」

「はい。分りました」

アリアドネはマリアに促されて建物の中へと足を踏み入れると、内部は自分達が暮らしている寄宿舎と左程違いが無い作りになっていた。廊下を挟み左右に6部屋ずつ部屋が並んでいる。

「ここはエルウィン様が領民達の為に冬を越せるように用意された部屋なのですか?」

アリアドネの質問にマリアは頷いた。

「そうだよ。エルウィン様は領民思いだからね。それじゃ箒を取に行こう」

「はい」

マリアの後に続いて廊下を歩きながらアリアドネは考えていた。

ひょっとすると……エルウィンは本当は心優しい人物なのだろうか……?と――


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