身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

4-3 新しい出会い

 エルウィンが謁見の間に行くと、既に広間には大勢の老若男女の領民達が集まっていた。そしてエルウィンが姿を見せると、一斉に領民達はその場にひれ伏した。

ザッ

ひれ伏す音が謁見室に響き渡る。

「よせ、そんな真似をする必要は無い。皆立て」

エルウィンの言葉に村人たちはゆっくり立ち上がり、1人の初老の男性がエルウィンの前に進み出て来た。

「エルウィン様。我々はこのアイゼンシュタットから一番近くにある宿場町から参りました。今回やって参りましたのは64名です。どうぞ越冬期間の間、我らをこちらの城に住まわせて下さい。宜しくお願い致します。私は村長のボスコと申します」

「ボスコか。こちらこそ宜しく頼む。分っていると思うが『アイデン』の冬は長く厳しい。我ら一丸となってこそ、この越冬期間を乗り切れると言うものだ。是非この城の為にも力を貸してくれ」

エルウィンの言葉にボスコは頭を下げた。

「これは何とも有り難きお言葉です。我らは良い領主様に巡り会えました。本当に感謝申し上げます」

「そんなに畏まらなくていい。助けがいるのはこちらも同様なのだから。それでは皆、ご苦労だった。これからの指示はこの城の者達から話を聞いてくれ。では又な。スティーブ、後を頼んだぞ」

「はい、承知致しました」

スティーブが頭を下げると、エルウィンは1人その場を立ち去って行った――



****

 
 11時――


 アリアドネ達が現在働いているのは冬場だけの石造りの作業場である。そして宿場町からやってきた多くの領民達で賑わっていた。
今の時間は領民達の手を借りて、皆で手分けして炊き出しの準備に追われている真っ最中だった。

 まだここでの仕事の手順の進め方に不慣れだったアリアドネは料理の下ごしらえの手伝いに回っていた。今日の昼食のメニューは狩りで仕留めたイノシシの肉を使ったシチューだった。
そこでアリアドネは邪魔にならないよう、ベンチに座って作業場の片隅で1人で大籠一杯に入った玉ねぎの皮むきをしてた。するとそこへ見知らぬ若者がやって来てアリアドネに声をかけてきた。

「1人で大変だろう? 俺も手伝うよ」

「え……? 宜しいのですか?」

「ああ。勿論」

若者は笑みを浮かべるとアリアドネの隣に座り、早速一緒に皮むきを始めた。

「君はここの下働きの女性だろう?」

若者がすぐにアリアドネに話しかけてきた。

「はい、そうです。まだこのお城に来て10日も経っていません」

「え? そうなのか? これはまた随分大変な時期にこの城に来たんだな」

若者が驚いた様にアリアドネを見る。

「あの……そんなに……大変なのでしょうか?」

まだ本格的な冬を体験していないのでアリアドネには想像が出来なかった。


「ああ。大変なんてものじゃないよ。極寒の地になるから迂闊に外には出る事が出来なくなるんだ」

「え? では、どうやってこの作業場に来るのでしょう?」

「そうか……まだ聞いていないんだな? 実はこの城は至る処に地下通路があって、そこから色々な場所へ行き来出来る様になっているのさ。冬場だけ使われているんだよ」

手際よく玉ねぎの皮をむきながら若者はアリアドネに説明する。

「色々教えて頂き、ありがとうございます。それにしても随分詳しいのですね。ここの使用人の方ですか?」

「いや、俺は宿場町からやってきた領民だよ。越冬期間をこの城で過ごす為に来たのさ。来年の3月まで世話になる為にね。ちなみに俺は牧場を管理していてね。牛も避難させる為に連れてきている。子牛も含めて全部で12頭連れて来てるよ」

「まぁ、牛を…それはすごいですね」

「そうだろ? この城には幸い家畜を飼育できるほどの広さのある牛舎代わりになる建物があるから、助かるよ」

若者は快活に笑うと、アリアドネに尋ねた。

「あ、そう言えば自己紹介を忘れていた。俺はダリウスって言うんだ。良ければ君の名を教えてくれよ」

「私はアリアドネと申します」

アリアドネは丁寧に挨拶をした。

「ふ~ん……アリアドネか……。良い名前だな。君にぴったりだ」

「あ、ありがとうございます」

名前を褒められ、思わずアリアドネは赤面してしまった。

「アリアドネ。そんなかしこまった言葉遣いしないでくれよ。出来れば普通に話して貰いたいな。同じ平民同士だろう?」

平民……。

その言葉は今のアリアドネにとっては微妙なものだった。

(本当に……私は平民として……ただのアリアドネとして生きていいのかしら……)

アリアドネの脳裏に父、ステニウス伯爵の顔が浮かぶ。

「どうしたんだ?」

ダリウスは突然口を閉ざしてしまったアリアドネに声をかけてきた。

「な、何でもありません。で、では普通に……会話させて貰ってもいいのかしら……?」

アリアドネは遠慮がちに尋ねた。

「ああ、勿論」

ダリウスはアリアドネに笑顔で答えた――





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