身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
4-7 堅物な男
「シュミット。何だかお前、さっきから上の空じゃないか?」
地下にある訓練所で兵士と騎士達の鍛錬を終えたエルウィンは執務室でシュミットと嫌々仕事をしていた最中だったが、いつもとは違うシュミットの様子に声をかけた。
「え? そんな事はありませんが」
背筋を正すと、シュミットは返事をした。
「嘘を言うな。さっきからお前はずっと書類を見詰めているだけで手が少しも動いていないぞ?」
「そ、そうでしたか?」
するとエルウィン口角を上げる。
「そうか……やはりな……そう言う事か」
「え? 何がですか?」
返事をしながら、内心シュミットは焦っていた。
(まさかアリアドネ様の事に気付かれてしまったのだろうか?)
しかし、エルウィンの口から出た言葉は予想もしていなかった内容だった。
「うん、分るぞ。こうして吹雪の中、城に閉じ込められた挙句に毎日毎日机に向かって仕事をさせられれば、誰だってストレスがたまる。元々俺達は戦いに身を費やす生活が身体に染みついているのだからな。じっとしていれば身体もなまるし、精神衛生上良くない。どうだ? シュミット。後で鍛錬場へ行って、久々に俺と剣術の練習試合をしないか?」
笑みを浮かべながらエルウィンはシュミットに提案した。
シュミットはエルウィンの執事であり、机上の仕事がメインではあったが、剣の腕前も相当なものだったのだ。
「いいえ……遠慮しておきます。エルウィン様は何しろ練習用の剣ではなく、真剣を使って剣術の練習試合を行いますよね? これでは命が幾つあっても足りませんから」
シュミットは溜息をつきながら書類にサインを始めた。
「う……そ、それはやはり真剣で勝負をするからこそ、互いに全力を尽くして戦えるからに決まっているだろう?」
「確かに仰る通りかもしれませんが……ですが私はまだ命が惜しいですからね。こんなに仕事が山積みでは死んでも死に切れません」
「あ、相変わらず嫌味な奴だ……」
エルウィンはムッとした表情を浮かべ、ブツブツ言いながらも再び書類に目を落とした。そんな彼の姿を見ながらシュミットは思った。
(いっそ、エルウィン様にアリアドネ様の事を報告出来ればこんなに思い悩むことも無いのに……)
スティーブに指摘される前から、シュミットはアリアドネの待遇について考えていた。仮にも花嫁としてこの城に遠方からはるばる嫁いで来たと言うのに、アリアドネは下働きとして手にあかぎれを作ってまで働いている。それどころか雪解けと共に、この城を去ろうとしている事を知ってしまえば尚更、思い悩んでしまう。
(春になり、雪解けと共にこの城を出て行かれてしまうのなら……それまでの期間、アリアドネ様を精一杯おもてなししなければならないのに、手荒れまで作らせて働かせてしまうなんて。本来であれば、この城にアリアドネ様を招き入れ、何不自由なく暮らせるようにして差し上げなくてはならないと言うのに……)
シュミットは難しい顔をして書類に目を通しているエルウィンをチラリと見た。
(いっそ、エルウィン様にアリアドネ様がこの城に実は下働きとして働いている事を打ち明けて、越冬期間が終わるまでは城内で穏やかに暮らせるように便宜を図って貰えるように告げる事が出来ればいいのだが……)
しかしその反面、もしもアリアドネがエルウィンに見つからなければ、ずっとこのままこの城に滞在してくれるのではないだろうかと言う淡い期待をシュミットは持っていた。
仕事が忙しく、エルウィンと一緒に過ごす時間が長いシュミットはなかなかアリアドネに会いに行くことが出来ずにいたが、使用人達からその働きぶりは聞かされていた。
アリアドネはとても気立てが良く、その上働き者だと言う事で周囲からの評判がとても良かったのだ。
(そうだ……この噂話をエルウィン様も耳にすれば……)
すると――
「……何だ? シュミット。さっきから俺の顔をジロジロと見て」
エルウィンに声をかけられ、その時になってシュミットは自分がエルウィンを凝視していた事に気付いた。
「あ、あの……」
シュミットはアリアドネの事をいっそ打ち明けてしまおうかと思い、口を開きかけ……言葉を飲みこむと、代わりに別の事を口にした。
「エルウィン様、気立ても良く、働き者の人物をどう思われますか?」
「何だ? 突然妙な事を聞いて来るな? だが気立てが良くて働き者なら言う事は無いだろう? 俺の家臣として役立ってくれそうだな」
「家臣……ですか……」
その言葉にシュミットは思った。
やはり、エルウィンは色恋沙汰には全く興味が無いのだ――と。
地下にある訓練所で兵士と騎士達の鍛錬を終えたエルウィンは執務室でシュミットと嫌々仕事をしていた最中だったが、いつもとは違うシュミットの様子に声をかけた。
「え? そんな事はありませんが」
背筋を正すと、シュミットは返事をした。
「嘘を言うな。さっきからお前はずっと書類を見詰めているだけで手が少しも動いていないぞ?」
「そ、そうでしたか?」
するとエルウィン口角を上げる。
「そうか……やはりな……そう言う事か」
「え? 何がですか?」
返事をしながら、内心シュミットは焦っていた。
(まさかアリアドネ様の事に気付かれてしまったのだろうか?)
しかし、エルウィンの口から出た言葉は予想もしていなかった内容だった。
「うん、分るぞ。こうして吹雪の中、城に閉じ込められた挙句に毎日毎日机に向かって仕事をさせられれば、誰だってストレスがたまる。元々俺達は戦いに身を費やす生活が身体に染みついているのだからな。じっとしていれば身体もなまるし、精神衛生上良くない。どうだ? シュミット。後で鍛錬場へ行って、久々に俺と剣術の練習試合をしないか?」
笑みを浮かべながらエルウィンはシュミットに提案した。
シュミットはエルウィンの執事であり、机上の仕事がメインではあったが、剣の腕前も相当なものだったのだ。
「いいえ……遠慮しておきます。エルウィン様は何しろ練習用の剣ではなく、真剣を使って剣術の練習試合を行いますよね? これでは命が幾つあっても足りませんから」
シュミットは溜息をつきながら書類にサインを始めた。
「う……そ、それはやはり真剣で勝負をするからこそ、互いに全力を尽くして戦えるからに決まっているだろう?」
「確かに仰る通りかもしれませんが……ですが私はまだ命が惜しいですからね。こんなに仕事が山積みでは死んでも死に切れません」
「あ、相変わらず嫌味な奴だ……」
エルウィンはムッとした表情を浮かべ、ブツブツ言いながらも再び書類に目を落とした。そんな彼の姿を見ながらシュミットは思った。
(いっそ、エルウィン様にアリアドネ様の事を報告出来ればこんなに思い悩むことも無いのに……)
スティーブに指摘される前から、シュミットはアリアドネの待遇について考えていた。仮にも花嫁としてこの城に遠方からはるばる嫁いで来たと言うのに、アリアドネは下働きとして手にあかぎれを作ってまで働いている。それどころか雪解けと共に、この城を去ろうとしている事を知ってしまえば尚更、思い悩んでしまう。
(春になり、雪解けと共にこの城を出て行かれてしまうのなら……それまでの期間、アリアドネ様を精一杯おもてなししなければならないのに、手荒れまで作らせて働かせてしまうなんて。本来であれば、この城にアリアドネ様を招き入れ、何不自由なく暮らせるようにして差し上げなくてはならないと言うのに……)
シュミットは難しい顔をして書類に目を通しているエルウィンをチラリと見た。
(いっそ、エルウィン様にアリアドネ様がこの城に実は下働きとして働いている事を打ち明けて、越冬期間が終わるまでは城内で穏やかに暮らせるように便宜を図って貰えるように告げる事が出来ればいいのだが……)
しかしその反面、もしもアリアドネがエルウィンに見つからなければ、ずっとこのままこの城に滞在してくれるのではないだろうかと言う淡い期待をシュミットは持っていた。
仕事が忙しく、エルウィンと一緒に過ごす時間が長いシュミットはなかなかアリアドネに会いに行くことが出来ずにいたが、使用人達からその働きぶりは聞かされていた。
アリアドネはとても気立てが良く、その上働き者だと言う事で周囲からの評判がとても良かったのだ。
(そうだ……この噂話をエルウィン様も耳にすれば……)
すると――
「……何だ? シュミット。さっきから俺の顔をジロジロと見て」
エルウィンに声をかけられ、その時になってシュミットは自分がエルウィンを凝視していた事に気付いた。
「あ、あの……」
シュミットはアリアドネの事をいっそ打ち明けてしまおうかと思い、口を開きかけ……言葉を飲みこむと、代わりに別の事を口にした。
「エルウィン様、気立ても良く、働き者の人物をどう思われますか?」
「何だ? 突然妙な事を聞いて来るな? だが気立てが良くて働き者なら言う事は無いだろう? 俺の家臣として役立ってくれそうだな」
「家臣……ですか……」
その言葉にシュミットは思った。
やはり、エルウィンは色恋沙汰には全く興味が無いのだ――と。