身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
5-2 エルウィンの裏事情
エルウィンは1人、使用人達と領民達が仕事をしている仕事場へとやって来ていた。彼の右手には大きな麻袋が下げられている。
地下通路へ続く階段付近で丁度仕事をしていた男性寮の責任者、ビルはすぐにエルウィンの姿に気付き、駆け寄ってきた。
「これはエルウィン様ではありませんか。この様なむさ苦しい場所へわざわざ足を運ばれるとは一体どうなさったのですか?」
「ああ、実はお前たちに配給したい物があって持ってきたのだ」
エルウィンは麻袋をビルに手渡した。
「え? これは一体……?」
袋はずっしりと重かった。
「中を見ても宜しいでしょうか?」
「勿論だ」
「それでは失礼致します」
ビルは袋の中に手を入れ、1つ取り出してみた。
「これは……?」
それは手の平サイズの小さなガラス瓶に入ったクリームだった。
「ハンドクリームだ。人数がどれほどいるのか分からなかったので、とりあえず50程用意させて貰った。足りないかもしれないが今の所用意できたのはそれだけだったのだ。また用意でき次第こちらに持ってくるので、とりあえず手荒れが酷い者達に優先的に配ってくれ」
エルウィンの言葉にビルはすっかり感動してしまった。
「何と温かいお言葉なのでしょう。まさかエルウィン様が直々に持ってきて下さるとは感激です」
「いや、そんなに大袈裟にしなくていい。他の者が皆忙しそうにしていたので、代わりに俺が届けに来ただけだから」
笑みを浮かべながら答えるエルウィン。
しかし、それは真っ赤な嘘であった――
****
「……全く、いつになったら俺の仕事が減るのだ?」
エルウィンはイライラしながら机の上に山積みにされた書類を見ながら呟いた。
彼の本来の役目は兵を率いて、自ら先陣を切って戦うのが務めであった。
心優しい父は辺境伯という立場にありながら、あまり戦いを好むような人物では無かったからである。
「くそっ……こんなことをしているくらいなら、剣の手入れをしている方がずっとマシだ……」
ブツブツ言いながらもエルウィンは仕事をしていた。
「シュミットの奴め……こんなに仕事が溜まっているのに一体どこへ行った?」
エルウィンのイライラは、まさにピークに達しようとしていた。
その時――
ノックの音と共に、シュミットの声が聞こえてきた。
『エルウィン様。宜しいでしょうか?』
「ああ……入れ……」
エルウィンは手元にあったシーリングワックスを握りしめながら返事をした。
「失礼致します」
カチャリと扉が開かれた瞬間エルウィンはシュミットの眉間めがけてシーリングワックスを投げつけた。
シュッ!
空を切る音が聞こえた瞬間。
パシッ!
シュミットは飛んできたシーリングワックスを右手で受け止めた。
「……チッ! 運のいい奴め……」
「いいえ、お褒めに預かり光栄です。それでどうでしたか? 今の動きは?」
「そうだな……越冬期間に入り、お前の身体がなまっているのではないかと思ったが、大丈夫そうだな?」
腕組みするとエルウィンはニヤリと笑った。
実は、これはシュミットとエルウィンの間で行われる一種の反射神経を鍛える為の訓練でもあった。
時にはシュミットがエルウィンに対し、今のような行動を取る事もあるが、第三者から見れば非常に驚かれてしまう事もしばしばだった。
「ところで今迄何処に行っていた? 仕事が溜まっているというのに。それに足元にある麻袋は何だ?」
エルウィンはシュミットの足元に置かれた麻袋を見た。
「ええ、実は以前お話されていたハンドクリームが50個用意できたので、今から配りに行く予定なのです」
「よし、なら俺が代わりに行こう!」
エルウィンは勢いよく席を立った。
彼はもういい加減、椅子に座って書類に目を通すのにうんざりしていたのだ。
「えっ? 何ですって? エルウィン様自ら行かれるのですか? こんなに仕事を残して?」
「うるさい! 少しくらい息抜きさせろっ!」
エルウィンはシュミットの前に立ち、麻袋を拾い上げた。
「では、ちょっと行ってくる」
そして大股で執務室を出ていってしまった。
呆然とするシュミットをその場に残し――
地下通路へ続く階段付近で丁度仕事をしていた男性寮の責任者、ビルはすぐにエルウィンの姿に気付き、駆け寄ってきた。
「これはエルウィン様ではありませんか。この様なむさ苦しい場所へわざわざ足を運ばれるとは一体どうなさったのですか?」
「ああ、実はお前たちに配給したい物があって持ってきたのだ」
エルウィンは麻袋をビルに手渡した。
「え? これは一体……?」
袋はずっしりと重かった。
「中を見ても宜しいでしょうか?」
「勿論だ」
「それでは失礼致します」
ビルは袋の中に手を入れ、1つ取り出してみた。
「これは……?」
それは手の平サイズの小さなガラス瓶に入ったクリームだった。
「ハンドクリームだ。人数がどれほどいるのか分からなかったので、とりあえず50程用意させて貰った。足りないかもしれないが今の所用意できたのはそれだけだったのだ。また用意でき次第こちらに持ってくるので、とりあえず手荒れが酷い者達に優先的に配ってくれ」
エルウィンの言葉にビルはすっかり感動してしまった。
「何と温かいお言葉なのでしょう。まさかエルウィン様が直々に持ってきて下さるとは感激です」
「いや、そんなに大袈裟にしなくていい。他の者が皆忙しそうにしていたので、代わりに俺が届けに来ただけだから」
笑みを浮かべながら答えるエルウィン。
しかし、それは真っ赤な嘘であった――
****
「……全く、いつになったら俺の仕事が減るのだ?」
エルウィンはイライラしながら机の上に山積みにされた書類を見ながら呟いた。
彼の本来の役目は兵を率いて、自ら先陣を切って戦うのが務めであった。
心優しい父は辺境伯という立場にありながら、あまり戦いを好むような人物では無かったからである。
「くそっ……こんなことをしているくらいなら、剣の手入れをしている方がずっとマシだ……」
ブツブツ言いながらもエルウィンは仕事をしていた。
「シュミットの奴め……こんなに仕事が溜まっているのに一体どこへ行った?」
エルウィンのイライラは、まさにピークに達しようとしていた。
その時――
ノックの音と共に、シュミットの声が聞こえてきた。
『エルウィン様。宜しいでしょうか?』
「ああ……入れ……」
エルウィンは手元にあったシーリングワックスを握りしめながら返事をした。
「失礼致します」
カチャリと扉が開かれた瞬間エルウィンはシュミットの眉間めがけてシーリングワックスを投げつけた。
シュッ!
空を切る音が聞こえた瞬間。
パシッ!
シュミットは飛んできたシーリングワックスを右手で受け止めた。
「……チッ! 運のいい奴め……」
「いいえ、お褒めに預かり光栄です。それでどうでしたか? 今の動きは?」
「そうだな……越冬期間に入り、お前の身体がなまっているのではないかと思ったが、大丈夫そうだな?」
腕組みするとエルウィンはニヤリと笑った。
実は、これはシュミットとエルウィンの間で行われる一種の反射神経を鍛える為の訓練でもあった。
時にはシュミットがエルウィンに対し、今のような行動を取る事もあるが、第三者から見れば非常に驚かれてしまう事もしばしばだった。
「ところで今迄何処に行っていた? 仕事が溜まっているというのに。それに足元にある麻袋は何だ?」
エルウィンはシュミットの足元に置かれた麻袋を見た。
「ええ、実は以前お話されていたハンドクリームが50個用意できたので、今から配りに行く予定なのです」
「よし、なら俺が代わりに行こう!」
エルウィンは勢いよく席を立った。
彼はもういい加減、椅子に座って書類に目を通すのにうんざりしていたのだ。
「えっ? 何ですって? エルウィン様自ら行かれるのですか? こんなに仕事を残して?」
「うるさい! 少しくらい息抜きさせろっ!」
エルウィンはシュミットの前に立ち、麻袋を拾い上げた。
「では、ちょっと行ってくる」
そして大股で執務室を出ていってしまった。
呆然とするシュミットをその場に残し――