身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

6-5 葬儀の話題

 結局、この日アリアドネは仕事場での作業を全て休むことになった。その代わり、部屋で1日靴下を編んで過ごした。この靴下は配給用として城中の者達に配られるのである。
生真面目なアリアドネはただ仕事を休むのは申し訳なく思い、部屋の中でも出来る編み物で靴下を編んで過ごしたのだった。

 

 19時――

仕事を終えた女性達が食堂に集まり、にぎやかな夕食の席でのことだった。

「アリアドネは今日は部屋にいたから、話を聞いていないだろう?」

骨付きチキンのスパイス揚げを食べながら向かい側にすわるマリアが声をかけてきた。

「話? 一体何の話でしょうか?」

ライムギパンに自家製ジャムを塗りながらアリアドネは首を傾げる。

「ええ。実は仕事中に全体集会があったのだけど、明日の11時にランベール様の葬儀が執り行われるらしいわ」

セリアがカボチャスープを飲みながら答えた。

「私たちも参加するのでしょうか?」

アリアドネの問いにイゾルネは首を振った。

「いや、多分それは無いだろうね。何しろランベール様は私達や領民達を軽視していた。ランベール様の側近達だって同じ考えさ」

「そうですか。ところで喪主は……やはりエルウィン様がつとめるのでしょうか?」

アリアドネの脳裏にエルウィンが憎悪の目でランベールを睨みつけていた光景がよみがえる。

「そうかもしれないねぇ……。何しろランベール様のご子息は長男が13歳、次男はまだ10歳でいらっしゃるから喪主を務めるのは無理だと思うよ」

「え? ランベール様にお子様がいらっしゃるのですか?」

その話はあまりに意外だった。

「そうだよ。ただランベール様は妻を娶らなった。城内にいるメイドに手を出して生まれた子供だとか、娼婦の子供だとか色々噂されているね。母親は2人とも違うらしいよ」

「そうなのですか……」

その話を聞いたアリアドネはまだ会った事すらないランベールの子供たちが気の毒に思えた。

(私もお父様がメイドのお母様に手を出して生まれてきた。義理のお母様やお姉さまからは冷たい目で見られ、時には詰られ……きっとランベール様のお子様達も辛い目に遭ってきたのでは無いかしら? もし何処かで会う機会があれば…親切にしてあげましょう)

アリアドネは考えるのだった――



****

「エルウィン様。明日の葬儀は礼拝堂で行われますので、式服を着用することをお忘れないようにして下さい」

地下訓練所で1人、剣の鍛錬をしていたエルウィンを訪ねたシュミットが声をかける。

「服だって? 俺はいつも身なりは整えているから今更遭えてそんな事を言われる筋合いはないぞ?」

「エルウィン様が着ていらしているのは、軍の制服ではありませんか。そのような服を葬儀で着るのはおやめください」

「そう言えば叔父上はアイゼンシュタットの血を受け継ぐくせに、一度たりとも戦場で戦った事の無い最低な人間だったな。確かにそんな奴の葬儀に軍の制服を着ては汚れてしまうな」

ニヤリと口角を上げるエルウィン。

「とにかく、エルウィン様。明日は貴方が喪主なのですから、きちんと身なりを整えて下さい。何しろ葬儀にはミカエル様とウリエル様も参列されるのですから」

「……叔父上の息子たちか。全く四大天使の名前を子供たちにつけるなんてどうかしてるな。本当に叔父上は酔狂な男だった」

エルウィンは鼻で笑う。

「エルウィン様、言葉が過ぎますよ。それにミカエル様とウリエル様はエルウィン様をとても慕ってらっしゃるではありませんか?」

「……まぁ、子供達には罪は無いからな」

「とにかく、明日はきちんとした礼装をメイドたちに用意してもらって下さい」

シュミットの言葉にエルウィンは猛反発した。

「断るっ! 大体この城の半数は叔父上が連れてきたメイドたちだ! 娼婦のまねごとをするようなメイドをこの俺に近づけるなっ!」

その言葉にシュミットはため息をついた。

「全く困ったお方だ……。ですが正装するには女性に選んで頂かないと」

「……そうだ、ならセリアを呼んでくれ」

エルウィンの顔が明るくなる。

「え? セリアさんですか?」

「ああ、彼女が適任だ。いいか? 明日9時に俺の執務室に来るように話しておけよ? 分かったな?」

それだけ告げるとエルウィンは剣を握りしめると大股で地下訓練所を出て行った。

「今夜中にセリアさんに伝えに行かなくてはな……」


そしてシュミットは明日の葬儀の準備に向かった――
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