身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

7-3 ゾーイとアリアドネ

 ダリウスが別の作業場に呼ばれた後、アリアドネは1人で干し肉の加工作業を行っていた。

羊肉の塊を慎重に包丁でスライスしている時……。

「リア」

不意に背後から声をかけられた。

「はい?」

振り向いたアリアドネは驚いた。何とそこにはエルウィンが立っていたからだ。しかも彼の側には2人の少年がついている。

「あ……こ、これは城主様。ご機嫌麗しゅうございます」

アリアドネは慌てて会釈し、2人の少年と目があった。2人とも黒髪で青い瞳をしており、エルウィンによく似ていた。
子供が好きなアリアドネは思わずその愛らしい姿に笑みを浮かべた。

「まぁ……なんて愛らしい……。はじめまして、私はリアと申します」

アリアドネは2人の少年にも丁寧に挨拶をした。

「はじめまして、ミカエルです」
「僕……ウリエルです」

「ミカエル様にウリエル様ですか? 本日は足を運んで頂き、ありがとうございます」

「2人は叔父上の子供達なのだ。今日は仕事場を見学させようと思って連れてきた。ついでにお前に礼を述べようと思ってな」

エルウィンがアリアドネに説明した。

「え……? 私にお礼ですか?」

「この間礼服を選んでくれただろう? あの時は時間が無くてちゃんと礼を言えなかったからな。お前のおかげで助かった。感謝する」

「い、いえ。領主様のお手伝いをするのは当然のことですから」

アリアドネは慌てた。まさかエルウィンがわざわざ自分にお礼を言いに来るとは思ってもいなかったからだ。

「いずれ何らかの形で謝礼を出そう。何か望みはあるか?」

「いいえ。何もありません。本当にお気持ちだけで十分ですので…」

「ふ……ん? そうか?」

すると、いい加減退屈になってきたのか、ミカエルとウリエルが口を挟んできた。

「エルウィン様、僕達チーズ作りを見に行きたいのですけど」
「早く行きたいです」

ウリエルはエルウィンのマントを引っ張る。

「わ、分かった。よし、それじゃ行くか」

(本当は叔父上のことでもう少し、この領民に話があったのに……仕方あるまい)

「それではな」

「はい、領主様」

エルウィンはアリアドネに声をかけると、ミカエルとウリエルを連れてチーズ作りの作業場へと向かった。
その後ろ姿を見届けていると、再びアリアドネは声をかけられた。

「ねえ。そこの貴女。少しいいかしら?」


「はい?」

振り向くと、そこにはこの作業場にはとても似つかわしくない、品の良い細身のドレス姿の若い女性が立っていた。その身なりから、アリアドネは目の前に立つ女性は貴族であると判断した。声を掛かけてきたのは勿論、エルウィン達についてきたゾーイである。

「貴女、一体誰なの?」

ゾーイは睨みつけながら強い口調でアリアドネに質問した。

「え……? 私はこちらでお世話になっておりますリアと申します」

(この方は、きっとエルウィン様の関係者ね。知らなかったわ……。この様な身分の女性もこの城に住んでいたなんて。でも何故私を睨んでいるのかしら?)

アリアドネは目の前のゾーイに警戒し、偽名を名乗った。

「嘘をおっしゃい。何かエルウィン様と関係がある人なのでしょう? そうでなければこんな所で働く女性にエルウィン様が親しげにするはず無いでしょう?!」

ゾーイはますます怒りを募らせてアリアドネを睨んだ。


彼女は自分の容姿に自信を持っていた。栗毛色のウェーブの髪に、大きなヘーゼルの瞳の彼女は実際、愛らしい姿をしていた。
しかし、ゾーイは目の前に立つアリアドネの美貌には敵わないと瞬時に悟った。

「何よ……そんな小汚い身なりで、しかもすごく獣臭い匂いをさせてよくも平気でエルウィン様の前に立てるわね」

ゾーイはわざとハンカチで鼻を押さえて軽蔑の目をアリアドネに向ける。

「え……?」

小汚い身なりと獣臭いと言われ、途端にアリアドネの顔が羞恥で赤く染まる。

「エルウィン様は貴女みたいな底辺の女が気安く近づけるようなお方じゃないのよ? いい気にならないで頂戴」

険しい顔でゾーイはピシャリと言ってのけた。

「そ、それは……」

アリアドネが言葉に詰まったその時。

「何をしているんだ?」

そこへダリウスが2人の前に現れ、そしてゾーイを睨みつけた――
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