彼と別れた瞬間、チャラいドクターからの求愛が止まりません

 「まさか君がここにいるとは思わなかったから驚いたよ。確か今日は・・・・・・」

 先生の言葉が途中で止まり、その先を言っていいのか躊躇っているような気がして、私はゆっくりと顔を上げた。

 「はい、ここで彼と記念日を祝うはずでした。でも・・・・・・振られてしまいました」

 先生は驚きもせず、ただ真っ直ぐに私を見ている。先生の表情は真剣だけれど、纏う空気が優しくて、そのまま話を続けていいよと促されているように感じた。

 「彼の・・・職場の後輩さんとの間に、赤ちゃんが、できてしまったそうです」

 言葉にするとやっぱり胸が締め付けられて、鼻の奥がツーンとした。

 「でも彼は・・・必死に謝ってくれました。後輩さんも一緒に・・・・・・。私は・・・何も言えませんでした・・・・・・だって、もう・・・・・・どうしようもないですよね?彼女のお腹にっ・・・赤ちゃんがっ、っ」

 言ってる途中で限界が来てしまった。ギリギリまで堪えていた涙がついに溢れてしまって慌てて手で拭う。

 ベッドに座っていた先生が立ち上がった気配がしたけど、まだ涙は止まらない。

 すると、私の座っているソファがギシッと鳴り、自分の身体が少し右へ揺れた。次の瞬間、ふわりと爽やかなシトラスの香りに包まれた。

 衝撃の出来事に、思わず身体が硬直する。

 「俺にこうされるのは、嫌?」

 「い、嫌というか、驚いてしまって・・・」

 また一瞬息をするのを忘れていた。本日二度目だ。

 「じゃあ、もう少しこのままで。何も気にせずに、全部吐き出してしまえばいい。・・・・・・ふたりに言いたくても言えなかったこと、俺が全部受け止めるから」

 先生の低くて優しい声色に、包み込むような温かさに、止まっていた涙がまたゆっくりと溢れ出す。

 さっき心に負ったばかりの傷は、とても深くて焼き切れたようにジクジク痛んでいる。けれど、私の口から吐き出される毒は、先生の温もりと、たまに打たれる相槌(あいづち)に一つずつ浄化されていくようだった。
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