彼女はしっかりもの
【終】一枚の便せん
刃物といえば、包丁と裁ちばさみ、それに剃刀くらいしかない。
(痛そう…)
買ったばかりの風邪薬がある。
ああいうのって、さすがに全部飲み下す前に吐いちゃったりするのかな。
「混ぜるな危険」系の洗剤、家に何かあったっけ?
ドアノブを使って首を吊るって方法もあったっけ。ネットに詳しく載ってないかな。
今まで考えたことがないことをしようとしているので、効率的な方法がよく分からない。
そもそもこの部屋でそういうことになったら、何日くらいで人に気づかれる?
もしも何らかの方法がうまくいったら、明日の朝、私は…
「あ、アレを忘れてた」
トワコは跳ねるように起き上がり、デスクライトをぱちっとつけた。
『お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください
私は心を破壊されました。修復不可能のようです
いちいち誰とは言いませんが
「デートの約束もないんだからいいでしょ?」と、残務を私に押し付けた人
食事を断るほどの関係だったはずなのに、「あいつと寝たが大したことなかった」と言いふらした人
朝、家の前を通りがかるたびに、つかみかからん勢いで吠えるバカ犬
おしゃれカフェでシフォンケーキを食べる私たちを「オバハンがこんな店来てんじゃねえよ」と聞こえる声で嘲笑ったJK集団
(あんな客層では、おしゃれカフェが聞いて呆れますが)
不倫女の分際で 夫の暴力と暴言の被害者みたいな顔でグチるクズビッチ
幸せにしたい、離婚したくないと言いつつ、女房に手を上げる矛盾男
(深夜に酔った勢いで「泊めてくれ」とやってくる厚顔無恥)
何もかもに嫌気がさしました
皆さんはどうかお元気で、周囲の人を明るく傷つけ続けてください
私は皆さんの仲間ではいたくありません。
さようなら』
【本編おわり】
◆◆◆◆◆◆◆◆あとがき◆◆◆◆◆◆◆◆
『彼女はしっかりもの』、お楽しみいただけたでしょうか。
今回、特に時代設定はしなかったのですが、「LINE」というツールからも分かるように、ぼやっと現代を想定していただければ間違いありません。
「LINE」は商標なので、少しもじった方がいいのかもしれませんが、そんなことを言っていると「インターネット」という言葉さえ使えなくなるので、そこは目をつぶっていただくとして…。
最後の章に出てくるエレベーターのラジオCMというのは、80年代後半~90年代に耳にしたものです。ただ、具体的なメーカーは失念しました。
また「「この人の声が覚えられない」は褒め言葉」というのは、声優・羽多野渉さんの言葉です。演技力が高く落ち着いた声質なので、いい意味でキャラが立ちにくいのですが、それでも刷り込まれてしまうのがファンというもので、何気なく見た作品で「あ、わちゃ(羽多野さんの愛称)出てる」と反応してしまう方も多いでしょう。
◇◇◇
HSP[Highly Sensitive Person]と呼ばれる性質があります。
生まれつき感受性が強く傷つきやすい人というくらいの意味ですが、現代人の5人に1人はソレなのでは…という話もあります。多数派ではないものの一大勢力ですから、タイプもいろいろでしょう。
私は自他ともに認める「気にしい」です。
しかし、そのような仰々しい横文字属性に入れられそうになったら、「いやいやいやいやいや、私なんかただのビビりで…」と、両手を体の前面で振り、全力で拒否します。
多分、そういう態度こそ、見る人が見たら多分HSPの一種なのでしょう。
言葉に対する感覚や好みも人それぞれなので、とくだん批判するつもりはありませんが、HSPを自覚している方が自らを「繊細さん」と称しているのを見ると、何と大胆な!と思ってしまいます。
そして本作の「トワコ」は、多分他人から見たら、やたら淡々としていて自立的で「強い人」に見えるのではないかと思いますが、そういう人は意外と扱われ方がお粗末だったり、言いたい放題言われたりしながら、日々心を削っていることだろうと想像したら、こんなお話になりました。
逆に、ミキ&カズヤ夫妻のような人たちの方が、「そばにいてほしいときに離れた」「忙しさにかまけて相手してくれない」等々、表に寂しいだの傷ついたのという感情を出しやすい分、HSPとまではいかないものの、周りが腫物にさわるように扱ってくれる可能性が高いのではないかと思います。
いじめ問題で、加害者と被害者の立場があっという間に逆転する、よくある現象ですよね。
人間は、呼吸しているだけで誰かを傷つける生き物です。
自分が傷つくことや人を傷つけることを気にして臆病になっている人を、責めたり嗤ったり鼓舞したりするのは簡単だし、時に気持ちのいい行為でしょう。
しかし、スマホやPCをたまには再起動するような感覚で、責める方も責められる方も、「自分って結構ひどくね?」とか、「いちいち気にする自分って何様?」とか、ちょっと立ち止まって考えることは忘れたくないな、と思います。