片方だけのカフスボタン
愛すべきみんなに思いをはせる
その年の日記が全部埋まる頃、こんなふうに書かれていた。
『わたしはあの人たちをソンケイしていた。2人とも大好きだった。』
『時々思い出すと憎らしくなる。』
『できるならもう一度会いたい。』
『ときどきたまらなくさみしくなる。』
おばあちゃんは年をまたぐ前に、トモコさんを、そしておじいちゃんを、何となく許していたみたいだ。
おっとりしたおばあちゃんが、2人に腹を立て続けるのは難しいことだったんだろう。
そういえば、おばあちゃんが何となく老け込んで、家にこもりがちになったのはこの次の年ぐらいからで、その後入院したのだった。
***
私がずっとおばあちゃんの部屋にこもり、座り込んでいるのに気付き、母が背後から声をかけた。
「なあに?アルバムでも見てるの?」
「ひっ」
「あら、何て声出してるのよ」
「びっくりしちゃって…」
私は自覚のないまま、目が潤んでいたようだ。
振り返った私の顔を見て、母が少し驚いた顔をした。
「泣いてたの?どうしたの?」
「あ――ねえ。おばあちゃんが死んじゃったんだなって思ったら…」
「…あんたはおばあちゃん子だったからね…」
母はそれだけ言うと、ひもをバチバチと2度引いて、部屋の電気を付けた。
気付けば時間がかなり経っていたみたいで、もう薄暗くなっていたのだ。
「カーテン引いておいてね」と言いながら出ていったので、私も電気を消して、母の後を追うように部屋を出た。
母に見つからないように、自室に日記帳を持っていくことも忘れなかった。
***
次の日からも、何となくおばあちゃんの遺品を片付け――というよりは漁っていたけれど、さすがに何十年も生きていると、いろいろな「物」が集まるものだと、呆れたような、感心したような気持ちで見ていた。
私がちょっといいなとか、使えそうとか思うものは、大抵母には不評だ。
「やっぱりお義母さんは少しセンスが…」
と言いかけて、言葉を止めた。
亡くなった人の悪口を言うのは、さすがに行儀が悪いと思ったのかな。
おばあちゃんに冷淡なところがある母のことを、ちょっと嫌だなと思っていたけれど、こういう分別は見直してあげてもいい。
衣類は状態もセンス年代もアレなので、さすがに全処分になると思う。
ただ、寝る前にパジャマの上から来ていた赤いカーディガンだけはもらった。
毛糸がほつれているところもあるけれど、最近まで着ていただけに、虫食いもないし、意外と状態がいい。
おばあちゃんと夢で会えるかな――なんて思いながら、私も寝る前に着ることにした。
(おばあちゃんは今頃おじいちゃんやトモコさんと会えているかな?)
それが三角関係再びになるか、友情になるかは分からないけれど。
きっと3人とも「いい人」だから、天国に行っているに違いないし、それなりに仲よくやれるんじゃないかな。
私は、不倫関係に陥った人は俗に「衆合地獄」に落ちるということをまだ知らず、のんきにそんなことを考えながら床に就いたりした。
【本編 了】