最後の会話
【終】もし次に彼に会えたら
気持ちをそう簡単に切り替えられるものではないが、ヒロシが無事戻ってきたときのためにも、まずは自分がしっかりしなければ…と、カオリの説得もあり、キミエは何とか仕事をし、生活を運んだ。
失踪したと思われる日から2週間後、カオリのもとにはがきが届いた。
「キミエのことをよろしくお願いします」
その2日後には、キミエのもとにはがきが届いたが、消印がカオリに届いたものとは遠く離れた場所だったので、決まった場所にとどまっているわけではなさそうだ。
「キミエ、愛してる。これだけは嘘じゃない」
◇◇◇
カオリはキミエを何かと遊びに誘ったりと気を使ったが、キミエの方が「カオリさんもカオリさんの生活をしなくちゃ」と断ることも多かった。
しかし、ヒロシと長い間ともに過ごしていたキミエにとって、ひとりの部屋はあまりにも静かで、恐怖さえ感じた。
どう考えても忙しく口を動かしていたのはキミエの方だったが、いつもヒロシが安堵感の固まりのようにそこに「いて」くれたから、キミエはずっとしゃべり続けられたのだ。
自分が脈絡もない話題をいきなり振ったとき、「キミエはいつも唐突だな」と呆れていたけれど、自分の方がよほど唐突じゃないか、と腹も立った。
「ヒロシ…さっさと帰ってこい!じゃないと愚痴ばっかりたまっちゃうぞ!」
「お願いだよ、声の出し方、忘れそうだよ…」
「ヒロシ…私だって、私だって愛してるよぉ」
あえて独り言を言ってみるが、自身の声が消えた後の静けさは、キミエには一層ひんやりしたものに感じられた。
◇◇◇
気まぐれなハガキは、その後もカオリとキミエのもとにランダムに届いた。
カオリとキミエは、ヒロシが突然姿を消した理由を考えるのをやめた。
それが探す手がかりにはならなそうだし、確かめるのは帰ってきてからでいい。
時々届くハガキをもとに、ロードマップで地名を探し、地点と地点を線でつなぎ、ヒロシの足跡を追うのを楽しむようにさえなっていた。
はっきり言えば、平静を装ったような態度ではあったが、そうしていないと、それこそ平静を保てなかったのだ。
「キミちゃん、ヒロシが戻ってきたら、まず何をする?」
「そうだなあ…一発ぶってやりたいし、きつく抱き着いて、涙と鼻水こすりつけてやりたいし…あ、でも…」
「ん?」
「もっとやりたいことがあります」
「え、それ以上ってなあに?」
カオリは、キミエがヒロシに一体どんな制裁を加える気かと、少し怯んだような表情を浮かべつつ、楽しげに聞いた。
「『カフェモカは好きだけどココアは嫌い』ってセリフ、何に出てきたか思い出したよって、教えてあげます」
【了】