連作短編集『みずいろうさぎ』

失せもの見つかる

 何となくシャクゼンとしないものはあったものの、いちばん考えなきゃいけないのは、やっぱり受験だった。
 私は、父が亡くなったショックや悲しみを振り払うように勉強に打ち込んで、見事合格を勝ち取った。

 昔からの習慣だったけど、私は父の死後、特に水色のうさちゃんぬい(・・)を外に連れ出すことが増えた。
 今となっては、この子は父の形見であり、お守りであり、父そのものだから。

 ただ、外に連れていくということは、落としたりなくしたりするリスクも高くなるっててことなんだな…と気付いて、あたふたしている真っ最中である。
 ネット上でよく見る表現を使うと、「← イマココ」って感じ。

 学校に勧められた英和和英辞典と漢和辞典を買いにきて、ちょっと書店内のカフェで休憩した後、文房具コーナーでノートを買おうとしてバッグの中を探ったら、うさちゃんがいないことに気付いた。
 「背中に冷たいものが走る」っていう表現あるけど、こういうとき使う言葉なんだろうな。

 ない、ない、なーい!
 カフェでお茶していたときは、確かにあった。
 ということは、カフェか書店内のどこかか…?
 こういうときこそ落ち着かなきゃと思いながら、私はかなり焦っていた。

 まずはカフェに戻って、お店の人に事情を説明し、座っていた席まで戻ったら、後ろ姿でも「若い人」と分かる男の人が座っていた。
 その人はちょうど、うさちゃんを手に取っていたところで、私はつい大きな声で「あー、それ私の、私のです!」と言ってしまった。

 男の人は多分驚いて顔を上げて、謝りながらそれを私に返してくれた。
 地味だしすごいイケメンというわけではないんだけど、細身でしゅっとしていて、こんなシツレイな私に「ごめんね、この上に腰掛けちゃって」って謝ってきた。
 うん、この人は間違いなく「いい人」だ。

 私はレジに戻って、自分用の飲み物と焼き菓子を幾つか買った。
 私の大事なウサちゃんを保護してくれた人に、何もお礼しないなんてあり得ない。
 とりあえずお菓子っていうのも安直(イージー)だけど、ないよりましだよね。
 
 その人は、何個かあるうちのバウムクーヘンを取ってくれた。
 そういえば、割と甘いもの好きだった父も、こういうときはバウムクーヘンだったな。
 「みっちりしていて、食べ応えがある」っていう理由だったと思う。

 その人とお茶しながらいろいろ話しているうちに、父が亡くなった話をしたら、その男の人も「実は俺も父を失った」と言っていた。詳しくは聞けなかったけど、悲しい気持ちを少しは想像できる。

 それに――この男の人、どこか父に似ている気がするんだ。
 細い目で表情は出にくいけど、穏やかで優し気で、知的な感じがするからかな。
 私が会ったことのない父方の親戚の人って、こんな雰囲気かもしれない。

 少しお兄さんっぽいけど、年も近そうだし、また会いたいなあって思って「連絡先、交換しませんか?」って申し出たら、「本当に縁があれば、また会うかもしれないから」って断られた。
 ちぇっ、逆ナンパ失敗か。慣れないことはしないに限る。

 高校に合格して、なくしもの(?)もすぐ見つかって、ステキな人に出会えて。
 おみくじだったら「中吉」クラスじゃない?

 (本当に縁がありますように。また会えますように…)

 私もその人も自転車だったので、駐輪場で別れたけど、自転車にまたがって去っていく彼の背中を見送りながら、そんなふうに念じた。

【『中吉くらいの幸運』 了】
< 8 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop