ねずみちゃんと熊田くん
1章 ねずみちゃんと熊田くん
〇冒頭ヒキ・高校の廊下
モノローグ『4月、市立しらさぎ高校――』
高校の外観、花びらを散らす桜の木。
小柄な女子高校生・根津千波(黒髪ロング、つり目、気が強そう)が廊下を歩いていると、背後から大柄な男子高校生・熊田浩介(茶髪くせ毛、垂れ目、ほわほわ)が駆けてくる。千波、近づいてくる足音を聞いて振り返る。
浩介「ねずみちゃん会いたかった!」
浩介は千波に飛びつき、数ヶ月ぶりに再開した恋人よろしくガッチリと抱きしめる。千波、浩介に抱き潰されそうになりながら何が何だかわからない顔。
〇タイトル『ねずみちゃんと熊田くん』
〇冒頭ヒキの後・引き続き高校の廊下
廊下には大勢の生徒たちがおり、千波と浩介をことを驚いた顔で見つめている。
浩介に抱きしめられた千波は、突然抱きしめられた訳がわからずあたふたと大暴れ。
千波「ど、どちらさま!?」
浩介「(ほわほわした嬉しそうな顔で)熊田浩介だよぉ。小学生の頃、マンションのお隣だった」
千波「熊田……浩介?」
《回想》
〇小学校の通学路
小学1年生になったばかりの浩介と、小学2年生の千波が手を繋いで歩いている。まだ小学校に慣れていない浩介は不安から目に涙を浮かべ、千波はそんな浩介の手をお姉さん顔で引っ張っている。
千波「浩くんは、身体はおっきいのに弱虫だね!」
浩介「ねずみちゃんが小さすぎるんだよぅ」
千波「そんなこと言うと、もう一緒に学校行ってあげないよ!」
浩介「(泣きながら)やだぁー」
《回想終わり》
〇戻って高校の廊下
浩介との思い出を思い出した千波は、浩介の腕の中で笑顔になる。
千波「えー! まさか浩くん?」
浩介「そう、浩くんだよ。8年ぶりだね、ねずみちゃん」
千波モノローグ『熊田浩介――浩くん。私が小学2年生だったとき、アパートのお隣に引っ越してきた1年生の男の子だ。身体は私よりずっと大きいけれど、とっても泣き虫の男の子だった』
傍にいた千波の友人たちが、千波と浩介を取り囲んで尋ねる。
友人①「千波のお友達?」
友人②「1年生? 背ぇおっきいねぇ」
浩介「はい、1年生です。ねずみちゃんに会いたくてこの高校にきました(超イイ笑顔で)」
千波、素早くツッコむ。
千波「いやいや冗談でしょ?」
千波モノ『浩くんは泣き虫で臆病だったから、1人で小学校に行けなかった。だからお隣さんのよしみで、私は毎朝、浩君を迎えに行っていたんだ。そして「ママと離れたくない」とぐずる浩くんの手を引っ張って小学校に行っていた』
千波モノ『私と浩くんは仲良しで、学校が終わった後もよく一緒に遊んでいた。けれども浩くんは、親の仕事の都合でまたすぐに引っ越して行ってしまった。一緒にいられた時間は半年くらいだったんじゃないかと思う。「また会おうね」って泣きながらお別れを言った後、もうずっと会っていなかった』
周囲の生徒たちは段々と捌けていき、いつもどおりの賑やかさを取り戻す。浩介はさらりと尋ねる。
浩介「ねずみちゃん。今日、一緒に帰ろ?」
千波モノ『「ねずみちゃん」というのは、浩くんがつけた私のあだ名だ。浩くん限定の』
千波「いいけど……浩くん、家どこ?」
浩介「夢見町だよ。白鷺駅から電車に乗るから、ねずみちゃんの家まで一緒に歩こう」
千波モノ『白鷺駅は、私たちの通うしらさぎ高校の最寄り駅だ。そして私のうちは白鷺駅の少し手前にある』
千波「(少し考えて)そういう事ならいいよ」
浩介「やったぁ! ホームルームが終わったら玄関前で待ち合わせね」
浩介は軽い足取りで廊下を歩み去っていく。友人たちが「明るい子だねぇ」「人懐こいワンコみたいだね」と話す中、千波は疑問を覚える。
千波(あれ? 何で浩くん、うちの場所を知ってるんだろ。中学生に上がったときに引っ越したんだけどな)
浩介のことが気にかかりながらも、千波は友人たちと一緒に教室へ戻る。
〇放課後・校門前
桜の木が花びらを散らし、地面には桜の花びらが落ちている。
千波が靴を履き替え玄関から出ると、玄関前にはすでに浩介の姿がある。下校時間なので玄関にはたくさんの生徒の姿があり、そのうちの何人は浩介のことをちらちらと見ている。
千波(浩くん、目立ってる。背が高いからかな)
千波は少し緊張して浩介に話しかける。
千波「浩くん、お、お待たせー……」
浩介「ねずみちゃん! 全然、待ってないよ(犬耳と尻尾が見えるくらいイイ笑顔)」
浩介と千波は並んで歩きだす。歩き出した途端、浩介がするっと手を繋いできて驚く千波。
千波(な、なんで手つなぐの!?)
どぎまぎして浩介の顔を見上げると、浩介は懐かしそうに話し出す。
浩介「懐かしいなぁ。あの頃はさ、毎日ねずみちゃんと手を繋いで学校に行ってたんだよね」
千波(小学生の頃みたいに私と手をつなぎたかった……のかな?)
千波は自分にそう言い聞かせ、平静を装って会話を続ける。
千波「そうだね、でもすごい偶然だよね。まさか浩くんが高校の後輩になるなんて」
浩介「偶然じゃないよ?」
千波「ん?」
浩介「僕、ずっとねずみちゃんに会いたかったんだ。だから両親を説得してしらさぎ高校を受験したんだよ。電車を乗り継がなきゃいけないから大変だけど、ねずみちゃんに会えると思ったら頑張れる」
浩介の真っ直ぐな目に見つめられて、千波は何も言えなくなる。平静を装いながらも心の中では混乱。
千波(冗談だよね? だって浩くんとはずっと連絡とってなかったもん。私がしらさぎ高校に進学したってこと、知りようがないじゃん)
戸惑って何も話せずにいるうちに、千波の家(一軒家)の前に着く。浩介は足を止める。
浩介「ねずみちゃんち、ここだよね?」
千波(嘘、何でうちの場所まで知ってるの)
するりと繋いだ手が離れ、太陽を背に浩介は笑う。
浩介「また明日」
〇夕食後・千波の家のリビング
ソファに座った千波は、夕食の後片付けをする母親に質問する。
千波「お母さん。熊田浩介くん、って覚えてる?」
母親は考える間もなく答える。
母親「覚えてるわよ。千波が2年生のとき、アパートのお隣に住んでいた男の子でしょ?」
千波「そう、そう! その熊田浩介くんと高校の廊下で会っちゃってさ」
母親「あらそう。浩介くん、本当にしらさぎ高校を受験したのね。受かってよかったわ」
千波は母親の発言に違和感を覚え、顔をしかめる。
千波「……何でお母さん、浩くんがしらさぎ高校を受験したこと知ってるの?」
母親「(さらりと)だって熊田さんとはずっと年賀状のやりとりをしてるもの」
母親はリビングの棚から、はがきの束を持ってくる。千波がそのはがき束を一枚一枚めくってみると、差出人の欄に『熊田明子(浩介の母親)』と書かれたはがきが見つかる。通信欄には綺麗な字で『浩介がしらさぎ高校を受験する予定です。また千波ちゃんと一緒に学校に通える日を楽しみにしています』と書いてある。
千波(そういうことかー! そりゃ住所も知ってるわけだわ。そういえばお母さん、去年の年賀状には私がしらさぎ高校を受験するってこと書きまくってたっけ……)
《千波フラッシュ》一昨年の年の暮れ・母親が年賀状を書きながら「だって他に書くことがないんだもの」と笑っている。
千波(浩くん、ずっと私に会いたかったんだって言ってた。あの言葉は嘘じゃなかったんだ)
照れくさくなって、クッションを抱きしめソファの上を転がりまくる千波。
〇翌朝・千波の家の玄関前
千波が学校に行くために玄関を出ると、家の前で浩介が待っている。
浩介「おはよ、ねずみちゃん」
千波「(びっくりした顔で)お、おはよ」
浩介「一緒に学校、行こ?」
千波「(どぎまぎと)お、おー……」
2人並んで通学路を歩く。今日、浩介は手を繋いでこない。千波は横目で浩介のことを見る。
浩介(浩くん、おっきい。熊みたい)
ばちっと目があってしまい、恥ずかしくなった千波はわざとらしく会話を作る。
千波「こ、浩くんはさ! 部活は何にするかもう決めた?」
浩介「んー、まだ。決めてない」
千波「気になってるのはある?」
浩介「バスケ部とバレー部には何回も勧誘されてるよ」
ずっと高いところにある浩介の頭を見つめ、千波は笑う。
千波「そりゃそーだよ。浩くん、おっきいもん。入部する気はないんだ?」
浩介「(気まずそうに)僕、運動って苦手だからさ……」
千波(そういえばそうだったっけ……)
千波は、小学生の頃の浩介が運動嫌いだったことを思い出す。
《千波フラッシュ》小学生の頃・ドッジボールのボールを顔面に受けたり、サッカーのボールを空蹴りしたりする浩介。運動会の徒競走は最下位。
浩介「千波ちゃんは何部なの?」
千波「文芸部だよ」
浩介「ふぅん。どんなことをするの?」
千波「好きな本を持ち寄って読んだり、感想を言いあったりするの。あとは年に一度、皆で部誌を作るかな」
浩介「(想像して)楽しそうだね」
千波「部員数も多くなくて気楽な部活だよ。活動頻度も週に2回だけだしね。(にかっと笑って)ちなみに私、副部長」
浩介「(素直に)わ、すごい」
話をしているうちに高校に着く。
〇昼休み・高校の廊下
お手洗いを済ませ教室に戻ろうとしていた千波は、文芸部の顧問(30代、堅物そうな男性教師)に呼び止められる。
顧問「根津、ちょっと手伝ってくれるか」
顧問の後ろについて図書室へ行くと、本が詰め込まれた大きなダンボール箱が二つ。
顧問「図書室で保管していた文芸部の部誌だ。文芸部の部室にあった方がいいだろう」
千波「はぁ……」
千波はげんなりしながらも、ダンボール箱を一つ抱えてえっちらおっちら運ぶ。顧問は辛そうな様子もなく運んでいるが、小柄な千波は前も見えず大変。
階段に差し掛かったとき、ダンボール箱の重さにぐらつく千波。
浩介「ねずみちゃん!」
たまたま通りすがった浩介が千波を支える。あわや階段から転げ落ちるところであった千波は、寸でのところで踏みとどまる。千波からダンボール箱をひょいと奪い取り、浩介は顧問に言う。
浩介「(黒い笑顔で)女性生徒に運ばせるには、この荷物は重すぎませんか?」
正論をぶつけられて顧問はたじたじ。千波は慌てて口をはさむ。
千波「浩くん浩くん。私、ちょっとフラついちゃっただけだからさ。気にしないで」
千波の言葉をさえぎって、顧問と浩介の言い合いは続く。
顧問「何だ君は。男でも女でも関係ないだろう。文芸部の荷物なのだから、部員に運ばせて何が悪い」
浩介「じゃあこれから先、こういう雑用は僕に言ってください。ねずみちゃんじゃなくて」
顧問「何?」
浩介「僕、文芸部に入部します」
爽やかな笑顔で宣言する浩介を見つめ、千波はびっくり仰天。
千波(え……えー⁉)
〇放課後・高校からの帰り道
昨日と同じように、2人は手を繋いで歩いている。千波は申し訳なさそうな顔で質問する。
千波「浩くん、本当に文芸部に入っちゃってよかったの? これから部活紹介もあるんだし、もう少しゆっくり考えた方が……」
浩介「僕は文芸部以外に入るつもりはないよ?」
千波「何で?」
浩介「(当たり前というような顔で)ねずみちゃんがいない部活に入ってもつまらないもん」
真っ直ぐに見つめられて、千波は顔が熱くなる。
自宅前に着いたとき、千波は恥ずかしさを振り払ってお礼を言う。
千波「あのさ、今日は助けてくれてありがと。なんか浩くん、すっかりカッコよくなっちゃったね。小学生の頃はあんなに――」
千波の言葉を遮って、浩介は千波の頬にキスをする。
そして昨日と同じように、太陽を背にして――
浩介「ねずみちゃん、また明日」
浩介がいなくなった後、千波は赤面して素っ頓狂な声を上げる。
千波「……はぇ?」
モノローグ『4月、市立しらさぎ高校――』
高校の外観、花びらを散らす桜の木。
小柄な女子高校生・根津千波(黒髪ロング、つり目、気が強そう)が廊下を歩いていると、背後から大柄な男子高校生・熊田浩介(茶髪くせ毛、垂れ目、ほわほわ)が駆けてくる。千波、近づいてくる足音を聞いて振り返る。
浩介「ねずみちゃん会いたかった!」
浩介は千波に飛びつき、数ヶ月ぶりに再開した恋人よろしくガッチリと抱きしめる。千波、浩介に抱き潰されそうになりながら何が何だかわからない顔。
〇タイトル『ねずみちゃんと熊田くん』
〇冒頭ヒキの後・引き続き高校の廊下
廊下には大勢の生徒たちがおり、千波と浩介をことを驚いた顔で見つめている。
浩介に抱きしめられた千波は、突然抱きしめられた訳がわからずあたふたと大暴れ。
千波「ど、どちらさま!?」
浩介「(ほわほわした嬉しそうな顔で)熊田浩介だよぉ。小学生の頃、マンションのお隣だった」
千波「熊田……浩介?」
《回想》
〇小学校の通学路
小学1年生になったばかりの浩介と、小学2年生の千波が手を繋いで歩いている。まだ小学校に慣れていない浩介は不安から目に涙を浮かべ、千波はそんな浩介の手をお姉さん顔で引っ張っている。
千波「浩くんは、身体はおっきいのに弱虫だね!」
浩介「ねずみちゃんが小さすぎるんだよぅ」
千波「そんなこと言うと、もう一緒に学校行ってあげないよ!」
浩介「(泣きながら)やだぁー」
《回想終わり》
〇戻って高校の廊下
浩介との思い出を思い出した千波は、浩介の腕の中で笑顔になる。
千波「えー! まさか浩くん?」
浩介「そう、浩くんだよ。8年ぶりだね、ねずみちゃん」
千波モノローグ『熊田浩介――浩くん。私が小学2年生だったとき、アパートのお隣に引っ越してきた1年生の男の子だ。身体は私よりずっと大きいけれど、とっても泣き虫の男の子だった』
傍にいた千波の友人たちが、千波と浩介を取り囲んで尋ねる。
友人①「千波のお友達?」
友人②「1年生? 背ぇおっきいねぇ」
浩介「はい、1年生です。ねずみちゃんに会いたくてこの高校にきました(超イイ笑顔で)」
千波、素早くツッコむ。
千波「いやいや冗談でしょ?」
千波モノ『浩くんは泣き虫で臆病だったから、1人で小学校に行けなかった。だからお隣さんのよしみで、私は毎朝、浩君を迎えに行っていたんだ。そして「ママと離れたくない」とぐずる浩くんの手を引っ張って小学校に行っていた』
千波モノ『私と浩くんは仲良しで、学校が終わった後もよく一緒に遊んでいた。けれども浩くんは、親の仕事の都合でまたすぐに引っ越して行ってしまった。一緒にいられた時間は半年くらいだったんじゃないかと思う。「また会おうね」って泣きながらお別れを言った後、もうずっと会っていなかった』
周囲の生徒たちは段々と捌けていき、いつもどおりの賑やかさを取り戻す。浩介はさらりと尋ねる。
浩介「ねずみちゃん。今日、一緒に帰ろ?」
千波モノ『「ねずみちゃん」というのは、浩くんがつけた私のあだ名だ。浩くん限定の』
千波「いいけど……浩くん、家どこ?」
浩介「夢見町だよ。白鷺駅から電車に乗るから、ねずみちゃんの家まで一緒に歩こう」
千波モノ『白鷺駅は、私たちの通うしらさぎ高校の最寄り駅だ。そして私のうちは白鷺駅の少し手前にある』
千波「(少し考えて)そういう事ならいいよ」
浩介「やったぁ! ホームルームが終わったら玄関前で待ち合わせね」
浩介は軽い足取りで廊下を歩み去っていく。友人たちが「明るい子だねぇ」「人懐こいワンコみたいだね」と話す中、千波は疑問を覚える。
千波(あれ? 何で浩くん、うちの場所を知ってるんだろ。中学生に上がったときに引っ越したんだけどな)
浩介のことが気にかかりながらも、千波は友人たちと一緒に教室へ戻る。
〇放課後・校門前
桜の木が花びらを散らし、地面には桜の花びらが落ちている。
千波が靴を履き替え玄関から出ると、玄関前にはすでに浩介の姿がある。下校時間なので玄関にはたくさんの生徒の姿があり、そのうちの何人は浩介のことをちらちらと見ている。
千波(浩くん、目立ってる。背が高いからかな)
千波は少し緊張して浩介に話しかける。
千波「浩くん、お、お待たせー……」
浩介「ねずみちゃん! 全然、待ってないよ(犬耳と尻尾が見えるくらいイイ笑顔)」
浩介と千波は並んで歩きだす。歩き出した途端、浩介がするっと手を繋いできて驚く千波。
千波(な、なんで手つなぐの!?)
どぎまぎして浩介の顔を見上げると、浩介は懐かしそうに話し出す。
浩介「懐かしいなぁ。あの頃はさ、毎日ねずみちゃんと手を繋いで学校に行ってたんだよね」
千波(小学生の頃みたいに私と手をつなぎたかった……のかな?)
千波は自分にそう言い聞かせ、平静を装って会話を続ける。
千波「そうだね、でもすごい偶然だよね。まさか浩くんが高校の後輩になるなんて」
浩介「偶然じゃないよ?」
千波「ん?」
浩介「僕、ずっとねずみちゃんに会いたかったんだ。だから両親を説得してしらさぎ高校を受験したんだよ。電車を乗り継がなきゃいけないから大変だけど、ねずみちゃんに会えると思ったら頑張れる」
浩介の真っ直ぐな目に見つめられて、千波は何も言えなくなる。平静を装いながらも心の中では混乱。
千波(冗談だよね? だって浩くんとはずっと連絡とってなかったもん。私がしらさぎ高校に進学したってこと、知りようがないじゃん)
戸惑って何も話せずにいるうちに、千波の家(一軒家)の前に着く。浩介は足を止める。
浩介「ねずみちゃんち、ここだよね?」
千波(嘘、何でうちの場所まで知ってるの)
するりと繋いだ手が離れ、太陽を背に浩介は笑う。
浩介「また明日」
〇夕食後・千波の家のリビング
ソファに座った千波は、夕食の後片付けをする母親に質問する。
千波「お母さん。熊田浩介くん、って覚えてる?」
母親は考える間もなく答える。
母親「覚えてるわよ。千波が2年生のとき、アパートのお隣に住んでいた男の子でしょ?」
千波「そう、そう! その熊田浩介くんと高校の廊下で会っちゃってさ」
母親「あらそう。浩介くん、本当にしらさぎ高校を受験したのね。受かってよかったわ」
千波は母親の発言に違和感を覚え、顔をしかめる。
千波「……何でお母さん、浩くんがしらさぎ高校を受験したこと知ってるの?」
母親「(さらりと)だって熊田さんとはずっと年賀状のやりとりをしてるもの」
母親はリビングの棚から、はがきの束を持ってくる。千波がそのはがき束を一枚一枚めくってみると、差出人の欄に『熊田明子(浩介の母親)』と書かれたはがきが見つかる。通信欄には綺麗な字で『浩介がしらさぎ高校を受験する予定です。また千波ちゃんと一緒に学校に通える日を楽しみにしています』と書いてある。
千波(そういうことかー! そりゃ住所も知ってるわけだわ。そういえばお母さん、去年の年賀状には私がしらさぎ高校を受験するってこと書きまくってたっけ……)
《千波フラッシュ》一昨年の年の暮れ・母親が年賀状を書きながら「だって他に書くことがないんだもの」と笑っている。
千波(浩くん、ずっと私に会いたかったんだって言ってた。あの言葉は嘘じゃなかったんだ)
照れくさくなって、クッションを抱きしめソファの上を転がりまくる千波。
〇翌朝・千波の家の玄関前
千波が学校に行くために玄関を出ると、家の前で浩介が待っている。
浩介「おはよ、ねずみちゃん」
千波「(びっくりした顔で)お、おはよ」
浩介「一緒に学校、行こ?」
千波「(どぎまぎと)お、おー……」
2人並んで通学路を歩く。今日、浩介は手を繋いでこない。千波は横目で浩介のことを見る。
浩介(浩くん、おっきい。熊みたい)
ばちっと目があってしまい、恥ずかしくなった千波はわざとらしく会話を作る。
千波「こ、浩くんはさ! 部活は何にするかもう決めた?」
浩介「んー、まだ。決めてない」
千波「気になってるのはある?」
浩介「バスケ部とバレー部には何回も勧誘されてるよ」
ずっと高いところにある浩介の頭を見つめ、千波は笑う。
千波「そりゃそーだよ。浩くん、おっきいもん。入部する気はないんだ?」
浩介「(気まずそうに)僕、運動って苦手だからさ……」
千波(そういえばそうだったっけ……)
千波は、小学生の頃の浩介が運動嫌いだったことを思い出す。
《千波フラッシュ》小学生の頃・ドッジボールのボールを顔面に受けたり、サッカーのボールを空蹴りしたりする浩介。運動会の徒競走は最下位。
浩介「千波ちゃんは何部なの?」
千波「文芸部だよ」
浩介「ふぅん。どんなことをするの?」
千波「好きな本を持ち寄って読んだり、感想を言いあったりするの。あとは年に一度、皆で部誌を作るかな」
浩介「(想像して)楽しそうだね」
千波「部員数も多くなくて気楽な部活だよ。活動頻度も週に2回だけだしね。(にかっと笑って)ちなみに私、副部長」
浩介「(素直に)わ、すごい」
話をしているうちに高校に着く。
〇昼休み・高校の廊下
お手洗いを済ませ教室に戻ろうとしていた千波は、文芸部の顧問(30代、堅物そうな男性教師)に呼び止められる。
顧問「根津、ちょっと手伝ってくれるか」
顧問の後ろについて図書室へ行くと、本が詰め込まれた大きなダンボール箱が二つ。
顧問「図書室で保管していた文芸部の部誌だ。文芸部の部室にあった方がいいだろう」
千波「はぁ……」
千波はげんなりしながらも、ダンボール箱を一つ抱えてえっちらおっちら運ぶ。顧問は辛そうな様子もなく運んでいるが、小柄な千波は前も見えず大変。
階段に差し掛かったとき、ダンボール箱の重さにぐらつく千波。
浩介「ねずみちゃん!」
たまたま通りすがった浩介が千波を支える。あわや階段から転げ落ちるところであった千波は、寸でのところで踏みとどまる。千波からダンボール箱をひょいと奪い取り、浩介は顧問に言う。
浩介「(黒い笑顔で)女性生徒に運ばせるには、この荷物は重すぎませんか?」
正論をぶつけられて顧問はたじたじ。千波は慌てて口をはさむ。
千波「浩くん浩くん。私、ちょっとフラついちゃっただけだからさ。気にしないで」
千波の言葉をさえぎって、顧問と浩介の言い合いは続く。
顧問「何だ君は。男でも女でも関係ないだろう。文芸部の荷物なのだから、部員に運ばせて何が悪い」
浩介「じゃあこれから先、こういう雑用は僕に言ってください。ねずみちゃんじゃなくて」
顧問「何?」
浩介「僕、文芸部に入部します」
爽やかな笑顔で宣言する浩介を見つめ、千波はびっくり仰天。
千波(え……えー⁉)
〇放課後・高校からの帰り道
昨日と同じように、2人は手を繋いで歩いている。千波は申し訳なさそうな顔で質問する。
千波「浩くん、本当に文芸部に入っちゃってよかったの? これから部活紹介もあるんだし、もう少しゆっくり考えた方が……」
浩介「僕は文芸部以外に入るつもりはないよ?」
千波「何で?」
浩介「(当たり前というような顔で)ねずみちゃんがいない部活に入ってもつまらないもん」
真っ直ぐに見つめられて、千波は顔が熱くなる。
自宅前に着いたとき、千波は恥ずかしさを振り払ってお礼を言う。
千波「あのさ、今日は助けてくれてありがと。なんか浩くん、すっかりカッコよくなっちゃったね。小学生の頃はあんなに――」
千波の言葉を遮って、浩介は千波の頬にキスをする。
そして昨日と同じように、太陽を背にして――
浩介「ねずみちゃん、また明日」
浩介がいなくなった後、千波は赤面して素っ頓狂な声を上げる。
千波「……はぇ?」