ねずみちゃんと熊田くん
2章 愛が溢れてる!?
〇浩介と再会した翌日・授業中
千波(キスされた)
周りが熱心に授業を受ける中、半分放心状態の千波。
千波(浩くんにキスされた。え……何で? あのキスはなに?)
あれこれ悩むうちに授業は終わり、休み時間になる。友人である結愛(ギャル)が近づいてくる。
結愛「千波ぃ。今日、体調でも悪い?」
千波「(ギクッとして)そ、そんなことないよ」
結愛「そう? でも授業中ずっと上の空だったじゃん。ノートもとってないし」
結愛は机の上に開きっぱなしになっていたノートを見る。黒板にはぎっしり文字が書いてあるのに、千波のノートはほぼ白紙のまま。
千波は動揺して結愛から視線を逸らす。そこへ友人の葵(中性的)と美鈴(運動部)がやってくる。(結愛、葵、美鈴の3人は、浩介と再会したとき一緒にいた友人たち)
葵「(悪意のない表情で)ねぇ千波。千波って熊田くんと付き合ってるの?」
いきなり尋ねられて、千波は椅子から転げ落ちそうになる。
千波「な、なん、何でそんなこと訊くの!?」
葵「だって昨日、公衆の面前で抱き合ってたし……」
美鈴「仲良く一緒に帰るし……」
結愛「そういえば朝も熊田くんと一緒に登校してたよねぇ」
3人の好奇心旺盛な瞳に見つめられて、千波は大慌て。
千波「私と浩くんは付き合ってない! 8年ぶりに会ったんだよ!? 昨日の今日で付き合うとかありえないでしょ!」
葵「(少し不満げに)ラブラブに見えたけどなぁ」
千波はいつもの調子を取り戻してきて、ぴしゃりと否定する。
千波「あれは懐いてくれてるだけ。浩くん、ああ見えて昔はすごく弱虫でさ。私がいつも世話してあげてたんだから」
千波(そうだよ、浩くんは私に懐いてくれてるだけ。抱きしめられたのも、手を繋いできたのも、別れ際にキスしてきたのも……全部そういうこと。特別な意味なんかない)
《千波フラッシュ》昨日・浩介から頬にキスをされた場面
自分に言い聞かせながらも赤面する千波。3人の友人たちは会話に夢中で、千波の変化には気がつかない。
美鈴「確かに犬が飼い主にじゃれついてる感じではあったよね……」
結愛「なーんだ、つまんないの」
〇休み時間・高校の廊下
体育の授業を終え、運動着姿の千波、結愛、葵、美鈴が歩いている。さっきの話の続きだけど、というような調子で葵が話し出す。
葵「千波はさ、熊田くんと付き合いたいとは思わないの?」
突拍子もない質問にまたまた大慌ての千波。
千波「何でそんなこと訊くの!?」
葵「いやだってさ。熊田くん、モテるらしいよ」
千波「え?」
葵「少しでも付き合いたいと思う気持ちがあるのなら、懐いてくれてるうちに捕まえとかないと、あっという間に誰かにとられちゃうよ?」
千波(浩くんが……モテる?)
《千波フラッシュ》「筆箱忘れたぁー」と大泣きする小学生浩介。犬耳をつけて「千波ちゃん、千波ちゃん」とニコニコ笑顔の高校生浩介。どちらもカッコいいには程遠い姿。
千波(いやいや、そんなはずないじゃん)
失笑する千波の横で、友人たちが話している。
美鈴「熊田くんがモテるって、誰に聞いたの?」
葵「妹から。熊田くんと同じクラスなんだよね」
美鈴「へー」
〇引き続き休み時間・浩介の教室
体操着姿のまま、浩介のいる教室へとやってきた4人。ドアの外からそっと教室の中を覗き見ると、教室の真ん中で浩介がクラスメイトに囲まれている。男子もいるがほとんどが女子。
まだ入学式から数日しか経っていないのに、浩介がクラスの中心にいることに千波は驚く。
葵「ほら、モテモテじゃん」
美鈴「ほんとだ。まぁあれだけイケメンだったらね。モテるのは当然じゃない」
結愛「人当たりもいいしねぇ」
千波「(意味がわからないという顔で)浩くんが……イケメン……?」
3人の友人は千波を見て「何言ってんのお前?」という顔。千波はきまずくなって顔を背ける。
千波(そ、そっか。浩くんはイケメンなのか。小学生の頃の印象が強すぎて、あんまり意識してなかったな)
そのとき、浩介が千波の存在に気付く。どこか社交的だった笑顔が、一気に満面の笑顔になる。
浩介「ねずみちゃん!」
千波「ふぇ?」
浩介のいる場所から千波のいる教室の入口まで、ざっと人が捌けて道ができる。千波は結愛に背中を押され、よたよたと教室に入ってしまう。
たくさんの人の視線の真ん中で、浩介は千波に抱き着いてくる。
浩介「(きらきらした笑顔で)何でねずみちゃんがここにいるの? もしかして僕に会いに来てくれた?」
千波「いや、そーいうわけではないんだけど……」
千波の言葉を遮って、浩介のクラスメイト(女子、気の強そうな美人)が尋ねる。
美人「(千波を威嚇するような目つきで)熊田くん。その人、誰~?」
浩介「2年生の根津千波先輩!」
クラス中に聞こえるはっきりとした声で、今までで一番きらきらの笑顔で。
浩介「僕のねずみちゃん!」
邪気のない笑顔に圧倒されるクラスメイトたちと、ブフッと盛大に吹き出す千波の友人。そして恥ずかしさを通り越し、魂が抜けて真っ白になる千波。
〇放課後・通学路
手を繋いで歩いている千波と浩介。千波は休み時間の出来事を引きずって半分放心状態。浩介はにこにことご機嫌で千波の手を引っ張っている。
浩介「今日、ねずみちゃんちに行ってもいい?」
はっと意識を取り戻す千波。疑わしげに尋ねる。
千波「どうして?」
浩介「(裏表のない表情で)おばさんに挨拶したいなと思って」
千波「(少し悩んでから)そういう事ならいいよ」
〇引き続き放課後・千波の家のリビング
千波の母親、突然やってきた浩介を見て驚きながらも笑顔で出迎える。
母親「浩介くん、久し振りねぇ。びっくりするくらい大きくなっちゃって」
浩介はいつもよりも大人びた顔で挨拶をする。
浩介「突然お邪魔してすみません。しらさぎ高校に入学したこと、きちんとお伝えしたいなと思って」
簡単な挨拶を終えた後、浩介はリビングを興味深げに見回している。母親は千波にこそっと話しかける。
母親「千波。お母さんはお茶とお菓子の用意をするから、浩介くんをあなたのお部屋に案内しときなさい」
千波「何で? リビングでいーじゃん」
母親「片付いてないから恥ずかしいでしょ! ほら早く、お茶とお菓子は部屋まで運んであげるから」
千波(私の部屋も散らかってるんだけどなぁ)
〇千波の部屋
千波は渋々母親の命令に従い、浩介を部屋に連れて行く。部屋に入るなり、浩介は千波のベッドにダイブする。びっくり仰天の千波。
千波「ええ!?」
浩介は幸せいっぱいの表情で、千波の枕に頬ずりする。
浩介「うわぁ、ねずみちゃんの匂いがする……幸せ……」
みなみ「ちょ、止め、恥ずかしいから止めてー!」
千波は浩介の制服を引っ張ってベッドから引きずり下ろそうとするけれど、逆にベッドに引き込まれてしまう。
じたばたと暴れる千波、千波を抱き込んでご満悦の浩介。
浩介「ねずみちゃんが僕の腕の中にいる……幸せ……」
千波「(真っ赤な顔で)ひぇぇ……」
千波は必死で抵抗するも、浩介の腕の中から逃げ出すことはできない。やがて抵抗は諦め、浩介の胸元に顔をうずめたまま考える。
千波(浩くんはただ甘えたいだけだよね? 小さな子どもが大人にじゃれつくみたいに、私に懐いてくれているだけ……)
そのとき廊下で足音が聞こえる。母親がお茶とお菓子を届けに来たのだと気付き、千波は全力で浩介の腕の中から抜け出す。
勢い余って絨毯に尻もちをついたところで、部屋のドアが開く。お盆を抱えた母親が登場。
母親「浩介くん。飲み物はりんごジュースで良かった?」
浩介はいつの間にかベッドに腰かけており、まるで何事もなかったかのように答える。
浩介「大丈夫です」
母親「お菓子も適当に盛り合わせてきたから、良かったら食べてね」
浩介「ありがとうございます、いただきます」
母親は2人分の飲み物と菓子鉢をちゃぶ台にのせる。それから不自然な格好で絨毯にへたり込んだ千波を見る。
母親「あなたは……そこで何をしているの?」
千波「(不自然に目を泳がせながら)いや、特に何も……」
〇引き続き千波の部屋
浩介と千波はベッドに背中を預け、寄り添ってアルバムを眺めている。恋人同士のような距離感だけど、アルバムを見ることに夢中になった千波は気にしていない。
千波「この写真は……近所の公園で花火をしたときのだ。懐かしいね」
写真には小学1年生の浩介と、小学2年生の千波が映っている。鮮やかな手持ち花火に照らされた2人の顔は笑顔。しかし写真を見る浩介は難しい顔。
浩介「ん、んー……よく覚えてないなぁ」
千波「そう? このときの浩くん、足に火花が落ちて泣いちゃったんだよ。ちょっと足の指を火傷しただけなのに、『足がなくなっちゃう』って大騒ぎしてさ(楽しそうに)」
浩介「(はにかんで)えー……」
千波はまたパラパラとアルバムをめくる。
千波「浩くんの写真、あんまりないね。半年しか一緒にいなかったんだから仕方ないか」
浩介はいいことを思いついたと表情を明るくする。
浩介「ねずみちゃん。2人で写真、撮ろうよ」
千波「今?」
浩介「今」
千波「(照れ気味で)……いーけどさ」
浩介がスマートフォンのインカメラを構えるので、千波は浩介にくっつき笑顔を作る。
シャッターが切られる寸前、浩介は千波の頬にキスをする。カシャ、とシャッター音。浩介はすぐさまスマホの画面を確認し、ふにゃりと嬉しそう。
浩介「ねずみちゃんとツーショットだ。宝物にしようっと」
千波「(大慌てで)ちょ、待っ……写真は駄目ー!」
千波は浩介のスマホを奪おうと飛びかかるけれど、さっと躱されてしまう。絨毯の上に転がる千波。そのとき部屋のドアが開き、再び母親が登場。
母親「頂き物のさくらんぼがあったのを忘れてたわ。浩介くん、さくらんぼ食べられる?」
浩介はスマホを掲げたまま、何事もなかったかのように笑う。
浩介「はい、頂きます」
母親はさくらんぼの器をちゃぶ台にのせ、それから絨毯に転がった千波を見る。
母親「それであなたは……そこで何をしているの?」
千波「(意気消沈気味に)いや、特に何も……」
千波(キスされた)
周りが熱心に授業を受ける中、半分放心状態の千波。
千波(浩くんにキスされた。え……何で? あのキスはなに?)
あれこれ悩むうちに授業は終わり、休み時間になる。友人である結愛(ギャル)が近づいてくる。
結愛「千波ぃ。今日、体調でも悪い?」
千波「(ギクッとして)そ、そんなことないよ」
結愛「そう? でも授業中ずっと上の空だったじゃん。ノートもとってないし」
結愛は机の上に開きっぱなしになっていたノートを見る。黒板にはぎっしり文字が書いてあるのに、千波のノートはほぼ白紙のまま。
千波は動揺して結愛から視線を逸らす。そこへ友人の葵(中性的)と美鈴(運動部)がやってくる。(結愛、葵、美鈴の3人は、浩介と再会したとき一緒にいた友人たち)
葵「(悪意のない表情で)ねぇ千波。千波って熊田くんと付き合ってるの?」
いきなり尋ねられて、千波は椅子から転げ落ちそうになる。
千波「な、なん、何でそんなこと訊くの!?」
葵「だって昨日、公衆の面前で抱き合ってたし……」
美鈴「仲良く一緒に帰るし……」
結愛「そういえば朝も熊田くんと一緒に登校してたよねぇ」
3人の好奇心旺盛な瞳に見つめられて、千波は大慌て。
千波「私と浩くんは付き合ってない! 8年ぶりに会ったんだよ!? 昨日の今日で付き合うとかありえないでしょ!」
葵「(少し不満げに)ラブラブに見えたけどなぁ」
千波はいつもの調子を取り戻してきて、ぴしゃりと否定する。
千波「あれは懐いてくれてるだけ。浩くん、ああ見えて昔はすごく弱虫でさ。私がいつも世話してあげてたんだから」
千波(そうだよ、浩くんは私に懐いてくれてるだけ。抱きしめられたのも、手を繋いできたのも、別れ際にキスしてきたのも……全部そういうこと。特別な意味なんかない)
《千波フラッシュ》昨日・浩介から頬にキスをされた場面
自分に言い聞かせながらも赤面する千波。3人の友人たちは会話に夢中で、千波の変化には気がつかない。
美鈴「確かに犬が飼い主にじゃれついてる感じではあったよね……」
結愛「なーんだ、つまんないの」
〇休み時間・高校の廊下
体育の授業を終え、運動着姿の千波、結愛、葵、美鈴が歩いている。さっきの話の続きだけど、というような調子で葵が話し出す。
葵「千波はさ、熊田くんと付き合いたいとは思わないの?」
突拍子もない質問にまたまた大慌ての千波。
千波「何でそんなこと訊くの!?」
葵「いやだってさ。熊田くん、モテるらしいよ」
千波「え?」
葵「少しでも付き合いたいと思う気持ちがあるのなら、懐いてくれてるうちに捕まえとかないと、あっという間に誰かにとられちゃうよ?」
千波(浩くんが……モテる?)
《千波フラッシュ》「筆箱忘れたぁー」と大泣きする小学生浩介。犬耳をつけて「千波ちゃん、千波ちゃん」とニコニコ笑顔の高校生浩介。どちらもカッコいいには程遠い姿。
千波(いやいや、そんなはずないじゃん)
失笑する千波の横で、友人たちが話している。
美鈴「熊田くんがモテるって、誰に聞いたの?」
葵「妹から。熊田くんと同じクラスなんだよね」
美鈴「へー」
〇引き続き休み時間・浩介の教室
体操着姿のまま、浩介のいる教室へとやってきた4人。ドアの外からそっと教室の中を覗き見ると、教室の真ん中で浩介がクラスメイトに囲まれている。男子もいるがほとんどが女子。
まだ入学式から数日しか経っていないのに、浩介がクラスの中心にいることに千波は驚く。
葵「ほら、モテモテじゃん」
美鈴「ほんとだ。まぁあれだけイケメンだったらね。モテるのは当然じゃない」
結愛「人当たりもいいしねぇ」
千波「(意味がわからないという顔で)浩くんが……イケメン……?」
3人の友人は千波を見て「何言ってんのお前?」という顔。千波はきまずくなって顔を背ける。
千波(そ、そっか。浩くんはイケメンなのか。小学生の頃の印象が強すぎて、あんまり意識してなかったな)
そのとき、浩介が千波の存在に気付く。どこか社交的だった笑顔が、一気に満面の笑顔になる。
浩介「ねずみちゃん!」
千波「ふぇ?」
浩介のいる場所から千波のいる教室の入口まで、ざっと人が捌けて道ができる。千波は結愛に背中を押され、よたよたと教室に入ってしまう。
たくさんの人の視線の真ん中で、浩介は千波に抱き着いてくる。
浩介「(きらきらした笑顔で)何でねずみちゃんがここにいるの? もしかして僕に会いに来てくれた?」
千波「いや、そーいうわけではないんだけど……」
千波の言葉を遮って、浩介のクラスメイト(女子、気の強そうな美人)が尋ねる。
美人「(千波を威嚇するような目つきで)熊田くん。その人、誰~?」
浩介「2年生の根津千波先輩!」
クラス中に聞こえるはっきりとした声で、今までで一番きらきらの笑顔で。
浩介「僕のねずみちゃん!」
邪気のない笑顔に圧倒されるクラスメイトたちと、ブフッと盛大に吹き出す千波の友人。そして恥ずかしさを通り越し、魂が抜けて真っ白になる千波。
〇放課後・通学路
手を繋いで歩いている千波と浩介。千波は休み時間の出来事を引きずって半分放心状態。浩介はにこにことご機嫌で千波の手を引っ張っている。
浩介「今日、ねずみちゃんちに行ってもいい?」
はっと意識を取り戻す千波。疑わしげに尋ねる。
千波「どうして?」
浩介「(裏表のない表情で)おばさんに挨拶したいなと思って」
千波「(少し悩んでから)そういう事ならいいよ」
〇引き続き放課後・千波の家のリビング
千波の母親、突然やってきた浩介を見て驚きながらも笑顔で出迎える。
母親「浩介くん、久し振りねぇ。びっくりするくらい大きくなっちゃって」
浩介はいつもよりも大人びた顔で挨拶をする。
浩介「突然お邪魔してすみません。しらさぎ高校に入学したこと、きちんとお伝えしたいなと思って」
簡単な挨拶を終えた後、浩介はリビングを興味深げに見回している。母親は千波にこそっと話しかける。
母親「千波。お母さんはお茶とお菓子の用意をするから、浩介くんをあなたのお部屋に案内しときなさい」
千波「何で? リビングでいーじゃん」
母親「片付いてないから恥ずかしいでしょ! ほら早く、お茶とお菓子は部屋まで運んであげるから」
千波(私の部屋も散らかってるんだけどなぁ)
〇千波の部屋
千波は渋々母親の命令に従い、浩介を部屋に連れて行く。部屋に入るなり、浩介は千波のベッドにダイブする。びっくり仰天の千波。
千波「ええ!?」
浩介は幸せいっぱいの表情で、千波の枕に頬ずりする。
浩介「うわぁ、ねずみちゃんの匂いがする……幸せ……」
みなみ「ちょ、止め、恥ずかしいから止めてー!」
千波は浩介の制服を引っ張ってベッドから引きずり下ろそうとするけれど、逆にベッドに引き込まれてしまう。
じたばたと暴れる千波、千波を抱き込んでご満悦の浩介。
浩介「ねずみちゃんが僕の腕の中にいる……幸せ……」
千波「(真っ赤な顔で)ひぇぇ……」
千波は必死で抵抗するも、浩介の腕の中から逃げ出すことはできない。やがて抵抗は諦め、浩介の胸元に顔をうずめたまま考える。
千波(浩くんはただ甘えたいだけだよね? 小さな子どもが大人にじゃれつくみたいに、私に懐いてくれているだけ……)
そのとき廊下で足音が聞こえる。母親がお茶とお菓子を届けに来たのだと気付き、千波は全力で浩介の腕の中から抜け出す。
勢い余って絨毯に尻もちをついたところで、部屋のドアが開く。お盆を抱えた母親が登場。
母親「浩介くん。飲み物はりんごジュースで良かった?」
浩介はいつの間にかベッドに腰かけており、まるで何事もなかったかのように答える。
浩介「大丈夫です」
母親「お菓子も適当に盛り合わせてきたから、良かったら食べてね」
浩介「ありがとうございます、いただきます」
母親は2人分の飲み物と菓子鉢をちゃぶ台にのせる。それから不自然な格好で絨毯にへたり込んだ千波を見る。
母親「あなたは……そこで何をしているの?」
千波「(不自然に目を泳がせながら)いや、特に何も……」
〇引き続き千波の部屋
浩介と千波はベッドに背中を預け、寄り添ってアルバムを眺めている。恋人同士のような距離感だけど、アルバムを見ることに夢中になった千波は気にしていない。
千波「この写真は……近所の公園で花火をしたときのだ。懐かしいね」
写真には小学1年生の浩介と、小学2年生の千波が映っている。鮮やかな手持ち花火に照らされた2人の顔は笑顔。しかし写真を見る浩介は難しい顔。
浩介「ん、んー……よく覚えてないなぁ」
千波「そう? このときの浩くん、足に火花が落ちて泣いちゃったんだよ。ちょっと足の指を火傷しただけなのに、『足がなくなっちゃう』って大騒ぎしてさ(楽しそうに)」
浩介「(はにかんで)えー……」
千波はまたパラパラとアルバムをめくる。
千波「浩くんの写真、あんまりないね。半年しか一緒にいなかったんだから仕方ないか」
浩介はいいことを思いついたと表情を明るくする。
浩介「ねずみちゃん。2人で写真、撮ろうよ」
千波「今?」
浩介「今」
千波「(照れ気味で)……いーけどさ」
浩介がスマートフォンのインカメラを構えるので、千波は浩介にくっつき笑顔を作る。
シャッターが切られる寸前、浩介は千波の頬にキスをする。カシャ、とシャッター音。浩介はすぐさまスマホの画面を確認し、ふにゃりと嬉しそう。
浩介「ねずみちゃんとツーショットだ。宝物にしようっと」
千波「(大慌てで)ちょ、待っ……写真は駄目ー!」
千波は浩介のスマホを奪おうと飛びかかるけれど、さっと躱されてしまう。絨毯の上に転がる千波。そのとき部屋のドアが開き、再び母親が登場。
母親「頂き物のさくらんぼがあったのを忘れてたわ。浩介くん、さくらんぼ食べられる?」
浩介はスマホを掲げたまま、何事もなかったかのように笑う。
浩介「はい、頂きます」
母親はさくらんぼの器をちゃぶ台にのせ、それから絨毯に転がった千波を見る。
母親「それであなたは……そこで何をしているの?」
千波「(意気消沈気味に)いや、特に何も……」