ねずみちゃんと熊田くん

4章 わくわくの体育祭

〇体育祭当日・教室

 快晴の元で浮足立つ生徒たち。クラスごとに違ったクラスTシャツを身に着けており、希望者は頭にハチマキを着けている。
 千波のクラスも例に違わず浮足立っており、女子たちが互いの髪の毛を結びあっている。ちょうど、結愛が千波の髪の毛をツインお団子に結び終えたところ。(高い位置で結んでいるためねずみの耳のように見える)

結愛「はい、できたよ~」

 千波、椅子に座ったまま手鏡を見る。

千波「お、可愛いし動きやすそう。ありがと結愛」

 通りすがりの男性生徒が千波を揶揄う。

男子生徒「根津にねずみの耳が生えてら」
千波「やかましい! チュー!」


〇体育祭の風景

 バレーボールの試合風景、バットでボールをかっ飛ばす男子生徒、お揃いのTシャツ姿で応援する女子生徒たち、青春を感じさせるいくつかの光景。


〇体育館

 卓球女子ダブルスの試合風景。舞が決めたスマッシュを相手選手はとることができず、千波・舞ペアの勝利が決まる。千波と舞は笑顔でハイタッチをする。

千波「舞ちゃんナイスー!」
舞「根津ちゃんもフォローありがと。次の試合も頑張ろうね!」

 千波と舞のところに何人かの女子生徒が近づいてくる。飲み物を渡したり、タオルを渡したりして千波と舞の勝利を祝う。その中には葵の姿もある。

女子生徒①「2人ともお疲れ!」
女子生徒②「チームワーク抜群じゃん! これは優勝狙えちゃうんじゃない?」

 千波はスポーツドリンクで喉を潤した後、彼女たちに質問する。

千波「女子バレーはどうだった?」
葵「(残念そうに)惜敗だよ。やっぱ3年生は強いわ」
千波「そっかぁ、ソフトボールは?」
葵「準々決勝進出だってさ。美鈴がヒクほど盗塁決めてたからね」
千波「(笑いながら)さっすが現役陸上部員」

 そのとき体育館の外から結愛が駆けてきて、皆に呼びかける。

結愛「ねぇー、11時半から第2体育館で男バスの試合だって。応援行ける?」

 千波が体育館の時計を見上げると、11時15分をまわったところ。少し時間は早いけれど、皆で第2体育館へと向かうことになる。


◯第2体育館へと向かう廊下

 第2体育館は、卓球の会場である第1体育館から少し離れた場所にあるため、千波たちはわいわいと廊下を歩く。その途中で、千波はふと思い立って結愛に声をかける。

千波「私、ちょっと美鈴のとこ行ってくる。準決の試合時間、聞いときたいし」
結愛「おっけー」

 千波は皆とわかれ、1人でグラウンドの方へと駆けていく。ソフトボールの選手と思われる数人の生徒とすれ違う。
 グラウンドへと出たとき、千波は美鈴の姿を見つける。他の選手とは一緒におらず、日焼けした男子生徒と2人で話している。

千波(あ)

 その男子生徒が美鈴の彼氏・智哉であることに気付き、千波はさっと建物の陰に隠れる。美鈴と智哉は千波に気付かず、智哉が美鈴の頭を撫でたり、美鈴が智哉の肩を小突いたりと仲良し。(距離があるため声は聞こえない)

千波(美鈴、智哉くんと仲直りしたんだ)

 じっと2人の様子を見つめる千波。

千波(邪魔するのも悪いかな)

 千波は少し迷うが、結局声をかけることはせず第2体育館へと向かう。


〇第2体育館

 体育館は半分に区切られていて、片面では女子バスケの試合が、もう片面では男子バスケの試合が行われている。
 体育館の壁際には、すでに千波たちのクラスの男子バスケチームが待機しており、ストレッチの真っ最中。千波は結愛たち応援団に合流しようとするが、ふとコートに浩介の姿があることに気付く。

千波(浩くんのクラスだ。試合相手は3年生かな)

 得点版を見ると、浩介のクラスは6対27で負けている。試合相手は3年生で、力の差は歴然としており、浩介たちのチームは戦意喪失気味。浩介も肩で息をしながらしんどそう。

男子生徒「あ、根津先輩だ」

 名前を呼ばれて振り返ってみると、浩介の友人の1人が立っている。(ファーストフード店で会った男子生徒)千波は右手をあげて挨拶をする。

千波「やっほ」
男子生徒「熊田の応援っすか?」
千波「(軽く笑いながら)違う違う。この後、うちのクラスの試合なんだよ」
男性生徒「あ、そっか」

 千波は会話を一区切りにしてコートを見る。浩介のクラスは相手チームに押され、浩介に至ってはボールに触ることもできていない。
 千波が応援しようかと口を開きかけたとき、すぐ隣で女子生徒の集団が叫ぶ。

女子生徒①「熊田クーン、頑張ってぇ!」
女子生徒②「まだまだ挽回できるよぉ!」

 千波は驚いて口をつぐむ。「熊田クン」と叫んだ女子生徒に見覚えがあることに気付く。

《千波フラッシュ》浩介の教室を訪れたとき、その女子生徒が「熊田くん。その人、誰~?」と千波を威嚇してきた。

千波(そっか、浩くんは人気者なんだっけ……あんまり目立つことはしない方がいいかな)

 そう考えた千波が黙って試合を見ていると、浩介の友人である男性生徒が口を開く。

男子生徒「(遠慮がちに)あのぉ、根津先輩」
千波「うん?」
男子生徒「差し支えなければなんですけど……一声、熊田を応援してやってくれません?」

 心の中を読まれたのかと思い、千波は困惑する。

千波「えっ……何で?」
男子生徒「熊田のやつ、今日1点も決められてないんすよ。バスケ未経験者で、練習も頑張ってたのに気の毒だなぁって」

《千波フラッシュ》「ねずみちゃん。もし僕が1回でもゴールできたらご褒美ちょうだい?」とねだる浩介の顔。

千波(そっか……)

 千波が見守る中、また相手チームがゴールを決める。「ナイッシュ」とハイタッチをする選手たち、残念そうに溜息を吐く浩介チームの応援団。すぐに試合は再開し、スローインパスが浩介に渡る。
 千波ははっとして息を吸い込む。

千波「(びっくりするくらいの大声で)浩くん、ワンゴールだよ!」

 一瞬、浩介が千波の方を見る。ぐっと何かを決意した顔。浩介はパスを出さず、自分でドリブルをしてゴールへと走る。
 上手とはいえないドリブルだが、味方のフォローもあって浩介はゴールを決める。湧き立つ観客席。大盛り上がりの応援団に巻き込まれる千波。


〇引き続き第2体育館

 「試合終了ー!」のかけ声と、照明を受けて輝く得点板。最終得点は「27対51」で浩介のクラスの惨敗だが、選手たちはやり切った顔。諦めムードだった試合中とは打って変わって生き生きとした表情を浮かべている。

選手①「つっかれたー」
選手②「3年マジつえぇー」

 結局最後まで試合を見てしまった千波は、こっそり自分のクラスの方へ戻ろうとする。そこへ試合を終えたばかりの浩介が駆けてきて、勢いよく千波に抱きつく。

浩介「(汗でキラキラした顔で)ねずみちゃん、ありがとう!」

 千波のクラスメイトや浩介のクラスメイトが、微笑ましげにその様子を見守っている。ただ千波を威嚇した女子生徒だけが「ふん」と面白くなさげ。(この女子生徒はこれ以上活躍しないので、あえて脇役っぽい感じで)

 千波もまたキラキラの笑顔で――

千波「お疲れ、浩くん」
< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop