ねずみちゃんと熊田くん
5章 2人きりの休日
◯体育祭から数日後の休日・千波の部屋
ベッドの上にたくさんの私服を並べている千波。ワンピースにカーディガンを羽織ってみたり、サロペットにボーダーシャツを合わせてみたりと衣装選びに奮闘中。
千波モノ『今日は浩くんと2人でお出かけの日。体育祭のバスケでワンゴールを決めた浩くんが、私と一緒に動物園に行きたいと言ったから』
デニムスカートにデニムの帽子を合わせた千波、姿見の前で一回転する。
千波(浩くん、どんな服が好きかなぁ。このスカートはちょっと子どもっぽいかなぁ)
ふいに浩介の好みを気にかけていることが恥ずかしくなり、わざと大声で叫ぶ。
千波「いやいや何で私、浩くんの好みとか気にしてんの。ちょっと出かけるだけなんだから服なんて何でもいーじゃん!」
帽子をぺしっとベッドに叩きつけ、足音荒く部屋を出て行こうとする。しかしドアをくぐる直前で思い直して引き返してくる。
帽子を拾い、わざとらしく独り言を言って照れ隠し。
千波「べ、別に相手が浩くんだからだとかじゃなくてさ。誰かと一緒にお出かけするんだから、ちょーっとくらい服装に気は使った方がいいよねっ」
◯動物園の正門前
動物園は白鷺駅から数駅、電車に揺られた場所にある。(浩介の最寄り駅である夢見駅とは反対方向の路線)予定よりも出発が遅くなってしまった千波は、駅から動物園への道のりを走る。
集合場所である動物園の正門前に着くと、そこにはすでに浩介の姿がある。千波が浩介に声をかけるより早く、浩介が千波に気づく。
浩介「ねずみちゃん、おはよう」
千波「(少し息を切らして)おはよ。待たせちゃってごめんね」
浩介「(照れ臭そうに)えへへ。楽しみすぎて30分も前に着いちゃった」
千波「早い早い」
千波は息を整え、浩介の格好を見る。オーバーサイズのTシャツにシンプルなパンツを着こなしている。適度に大人っぽい感じ。
対する千波はロゴ入りTシャツにショートパンツ、ボーイッシュな帽子。今風ではあるが、背が低いこともあって年齢より幼く見える。
千波(浩くん、カッコいい)
千波が帽子のつばの下で浩介に見惚れていると、浩介は動物園のチケットを差し出す。
浩介「これ、ねずみちゃんの分。早く着いたから先に買っといたんだ」
千波「ん。ありがと。いくらだった?」
千波はチケットを受け取り、代金を払うために財布を取り出そうとする。
浩介「(悪戯げに)ないしょ」
千波「え、え?」
戸惑う千波の手を握り浩介は歩き出す。千波は半ば引きずられるようにして動物園へと入っていく。
〇動物園の風景
青天の元、動物園を満喫している千波と浩介の姿。
ペンギンと同じポーズをする千波、猿に威嚇されてびっくりする浩介。きりんの食事風景に見入ってみたり、ホットドッグを買って食べたり、スタンプラリーを楽しんでみたり。デートというよりは気の合う友達同士で遊んでいるような印象。
〇ふれあい動物園
ふれあい動物園にやってきた浩介と千波。うさぎやりす、モルモットや羊といった動物を触ったり、餌をやったりすることができる。もふもふのモルモットを膝にのせて千波は大はしゃぎ。
千波「見て浩くん、もっふもふでぬいぐるみみたい。超可愛い」
浩介「(千波の顔を見ながら)うんうん可愛いねぇ。写真、撮ろうか?」
千波「撮って撮って」
浩介は快くスマホを構えるものの、そのレンズはモルモットではなく千波の顔に向いている。
千波「待ってカメラの向きがおかしい」
浩介「(笑いながら)えー、この角度が一番、可愛い写真が撮れるんだけどなぁ」
〇引き続きふれあい動物園
千波がモルモットに続きうさぎを愛でていると、浩介がさっと立ち上がる。
浩介「あっちで動物の餌を売ってるみたい。買ってくるね」
千波「ん、よろしく」
浩介がいなくなって少し経った頃、問題が発生する。千波のすぐ傍にいる大学生の集団(男2人、女2人、髪を染めたりピアスをつけたりと派手な印象)が、大声を出して動物を驚かせている。動物はびっくりして逃げてしまい、大学生たちはけらけらと笑っているが、周囲の人々は迷惑そう。
千波はきっと眉を吊り上げる。
千波「大声出さないでください」
大学生①男「(ニヤニヤしながら)え?」
千波「動物たちを驚かせたら可哀想じゃないですか。大声出さないでってそこの貼り紙にも書いてあるのに」
千波が指さした立札には『動物たちがびっくりしてしまいます。大声を出したり、走りまわったりしないでね』と書かれている。
そうであるにも関わらず、大学生たちは立札を見ることなく、千波に絡んでくる。
大学生②女「(鼻で笑って)小さい癖に生意気~」
大学生③男「(嫌味たらしく)小学生? もしかして迷子でちゅか?」
千波は頭にきて言い返そうとする。しかし千波が口を開くより早く、いつの間にか背後に立っていた浩介が千波の肩をぎゅっと抱く。そして笑顔のままさらりと言い返す。
浩介「マナーを守れない大人って格好悪いですね。静かにしようねっていうお約束くらい、幼稚園児でも守れるのに」
大学生③男「(逆上して)はぁ!?」
大学生①男「お前、何様っ……」
大学生③と①は浩介に掴みかかろうとするけれど、たくさんの人に見られていることに気付く。1人が気まずそうに囁く。
大学生④女「……ねぇ、もう行こ」
大学生たちはそれきり何も言わず、そそくさとふれあい動物園から出て行ってしまう。大きな揉め事にならなくてほっとする千波、浩介はそんな千波を見てふにゃりと笑う。
浩介「マナー違反の人にびしっと言えるなんて、やっぱりねずみちゃんはカッコいいなぁ」
千波は俯き、帽子のつばに顔を隠す。
千波(カッコいいのは浩くんだよ……)
〇夕方・動物園の売店
楽しい時間はあっという間に過ぎて、日も暮れかけた頃。お土産を買うために売店へとやってきた浩介と千波。千波はカゴの中にお菓子をいくつか入れる。
浩介「誰のお土産?」
千波「お母さん。動物園なんて行くことないから、面白そうなお土産よろしくって頼まれちゃった」
浩介「そうなんだ……僕も、家族に何か買っていこうかな」
二手にわかれてお土産を物色する。千波は雑貨コーナーでペンギンの絵柄が書かれた爪切りを眺める。
千波(これ、お父さんが好きそうだな。頼まれてないけど買ってっちゃおっかなー……)
しばらく悩んで爪切りをカゴへと入れる。
ふと雑貨コーナーの横にあるキーホルダーコーナーが目に留まる。そこには様々な動物をモチーフにしたキーホルダーが並べられていて、中には恋人同士がつけるようなペアキーホールダーもある。
ペアキーホルダーを手に取り、千波は「むむむ」と悩ましげに唸る。
〇帰り道・電車内
夕暮れ時の風景、線路を走る鈍行列車。混雑した電車内に千波と浩介の姿がある。背の高い浩介は人混みからひょこりと頭が出ているけれど、小さな千波は今にも潰されそう。
千波(うぐぐ、息ができない)
人の背中に押し潰された千波の腕を、浩介が引く。
浩介「ねずみちゃん、こっち」
浩介は千波を客車の隅に立たせ、潰されないようにと身体を盾にして守ってくれる。ようやく満足に呼吸ができるようになった千波は、浩介の顔を見上げながら懐かしい記憶を思い起こす。
(回想)
〇小学生の頃・通学路
ランドセルを背負った浩介と千波。浩介は学校で友達に嫌がらせをされて泣きべそをかいている。お姉さん顔の千波が、浩介の手を引いている。
千波「浩くん。嫌なことをされたときはね。大きな声で『止めて』って言えばいいんだよ!」
浩介「僕、大きな声、だせないもん……」
千波「じゃあ走って逃げればいいんだ」
浩介「僕、足おそいもん……」
ぐずぐずと泣く浩介の手を、千波はしっかりと握りしめる。
千波「仕方ないなぁ。じゃあ浩くんが強くなるまで、私が守ってあげる!」
浩介「……本当?」
千波「本当だよ。約束」
千波の力強い言葉を聞いて、浩介は涙を浮かべたまま微笑む。
(回想終わり)
〇戻って電車内
千波(あの頃は私が浩くんを守る側だったのにな……いつの間にか、私が守られる側になっちゃった)
懐かしさと物悲しさを覚えた千波は、浩介の胸元に顔をうずめる。
ガタンゴトン、と音を立てて電車は進んでいく。
〇夕暮れ・千波の家の前
千波と浩介が向かい合って立っている。
浩介は電車を降りずにそのまま家に帰ることもできたけれど、わざわざ電車を降りて千波を家まで送ってきた。千波はそのことに関してお礼を言う。
千波「浩くん、送ってくれてありがとね」
浩介「(首を横に振って)ううん。ねずみちゃんと少しでも一緒にいたかったから」
千波は気恥ずかしげに肩を竦め、それからお土産の紙袋を漁る。白い小さな土産袋を勢いよく浩介の目の前に差し出す。
千波「これ、浩くんにあげる!」
浩介は不思議そうな顔で紙袋を受け取り、開ける。中に入っていた物は可愛いクマのキーホルダー。
浩介は驚いて目をぱちぱちさせる。
浩介「これ……」
千波「(照れ隠しの大声で)な、何か浩くんに似てるなって思ってさ! チケット代払ってもらっちゃったからその分のお返しというか……」
必死に説明する千波のカバンには、買ったばかりのネズミのキーホルダーがついている。(ペアキーホルダーてはないけれど、浩介にあげた物と同じデザイン)
千波(お揃いのキーホルダーくらい友達同士でもつけるし! 別に特別な意味なんかないもん!)
浩介の右手が千波の頬へと伸びてくる。千波は思わず目を閉じる。手は頬に触れる寸前で止まり、不思議に思った千波が目を開けてみれば、浩介は目をまん丸にしている。
浩介「……ねずみちゃん?」
浩介に名前を呼ばれて、千波はキスを待っているようや反応をしてしまったことに気付く。
千波「え、うわ。ごめん。いつもほっぺにキスしてくるから思わず……」
まごつく千波の頬に、今度こそ浩介の手が触れる。続いて唇に軽く触れるだけのキス。
思考が停止する千波、浩介はいつもどおりの口調で言う。
浩介「キーホルダーありがとう。宝物にするね」
駅に向かって歩き始めながら、優しい笑顔で――
浩介「また明日ね、ねずみちゃん」
浩介がいなくたなった後、千波は茹でダコのような顔でへなへなとしゃがみ込む。
千波「……はぇぇ?」
ベッドの上にたくさんの私服を並べている千波。ワンピースにカーディガンを羽織ってみたり、サロペットにボーダーシャツを合わせてみたりと衣装選びに奮闘中。
千波モノ『今日は浩くんと2人でお出かけの日。体育祭のバスケでワンゴールを決めた浩くんが、私と一緒に動物園に行きたいと言ったから』
デニムスカートにデニムの帽子を合わせた千波、姿見の前で一回転する。
千波(浩くん、どんな服が好きかなぁ。このスカートはちょっと子どもっぽいかなぁ)
ふいに浩介の好みを気にかけていることが恥ずかしくなり、わざと大声で叫ぶ。
千波「いやいや何で私、浩くんの好みとか気にしてんの。ちょっと出かけるだけなんだから服なんて何でもいーじゃん!」
帽子をぺしっとベッドに叩きつけ、足音荒く部屋を出て行こうとする。しかしドアをくぐる直前で思い直して引き返してくる。
帽子を拾い、わざとらしく独り言を言って照れ隠し。
千波「べ、別に相手が浩くんだからだとかじゃなくてさ。誰かと一緒にお出かけするんだから、ちょーっとくらい服装に気は使った方がいいよねっ」
◯動物園の正門前
動物園は白鷺駅から数駅、電車に揺られた場所にある。(浩介の最寄り駅である夢見駅とは反対方向の路線)予定よりも出発が遅くなってしまった千波は、駅から動物園への道のりを走る。
集合場所である動物園の正門前に着くと、そこにはすでに浩介の姿がある。千波が浩介に声をかけるより早く、浩介が千波に気づく。
浩介「ねずみちゃん、おはよう」
千波「(少し息を切らして)おはよ。待たせちゃってごめんね」
浩介「(照れ臭そうに)えへへ。楽しみすぎて30分も前に着いちゃった」
千波「早い早い」
千波は息を整え、浩介の格好を見る。オーバーサイズのTシャツにシンプルなパンツを着こなしている。適度に大人っぽい感じ。
対する千波はロゴ入りTシャツにショートパンツ、ボーイッシュな帽子。今風ではあるが、背が低いこともあって年齢より幼く見える。
千波(浩くん、カッコいい)
千波が帽子のつばの下で浩介に見惚れていると、浩介は動物園のチケットを差し出す。
浩介「これ、ねずみちゃんの分。早く着いたから先に買っといたんだ」
千波「ん。ありがと。いくらだった?」
千波はチケットを受け取り、代金を払うために財布を取り出そうとする。
浩介「(悪戯げに)ないしょ」
千波「え、え?」
戸惑う千波の手を握り浩介は歩き出す。千波は半ば引きずられるようにして動物園へと入っていく。
〇動物園の風景
青天の元、動物園を満喫している千波と浩介の姿。
ペンギンと同じポーズをする千波、猿に威嚇されてびっくりする浩介。きりんの食事風景に見入ってみたり、ホットドッグを買って食べたり、スタンプラリーを楽しんでみたり。デートというよりは気の合う友達同士で遊んでいるような印象。
〇ふれあい動物園
ふれあい動物園にやってきた浩介と千波。うさぎやりす、モルモットや羊といった動物を触ったり、餌をやったりすることができる。もふもふのモルモットを膝にのせて千波は大はしゃぎ。
千波「見て浩くん、もっふもふでぬいぐるみみたい。超可愛い」
浩介「(千波の顔を見ながら)うんうん可愛いねぇ。写真、撮ろうか?」
千波「撮って撮って」
浩介は快くスマホを構えるものの、そのレンズはモルモットではなく千波の顔に向いている。
千波「待ってカメラの向きがおかしい」
浩介「(笑いながら)えー、この角度が一番、可愛い写真が撮れるんだけどなぁ」
〇引き続きふれあい動物園
千波がモルモットに続きうさぎを愛でていると、浩介がさっと立ち上がる。
浩介「あっちで動物の餌を売ってるみたい。買ってくるね」
千波「ん、よろしく」
浩介がいなくなって少し経った頃、問題が発生する。千波のすぐ傍にいる大学生の集団(男2人、女2人、髪を染めたりピアスをつけたりと派手な印象)が、大声を出して動物を驚かせている。動物はびっくりして逃げてしまい、大学生たちはけらけらと笑っているが、周囲の人々は迷惑そう。
千波はきっと眉を吊り上げる。
千波「大声出さないでください」
大学生①男「(ニヤニヤしながら)え?」
千波「動物たちを驚かせたら可哀想じゃないですか。大声出さないでってそこの貼り紙にも書いてあるのに」
千波が指さした立札には『動物たちがびっくりしてしまいます。大声を出したり、走りまわったりしないでね』と書かれている。
そうであるにも関わらず、大学生たちは立札を見ることなく、千波に絡んでくる。
大学生②女「(鼻で笑って)小さい癖に生意気~」
大学生③男「(嫌味たらしく)小学生? もしかして迷子でちゅか?」
千波は頭にきて言い返そうとする。しかし千波が口を開くより早く、いつの間にか背後に立っていた浩介が千波の肩をぎゅっと抱く。そして笑顔のままさらりと言い返す。
浩介「マナーを守れない大人って格好悪いですね。静かにしようねっていうお約束くらい、幼稚園児でも守れるのに」
大学生③男「(逆上して)はぁ!?」
大学生①男「お前、何様っ……」
大学生③と①は浩介に掴みかかろうとするけれど、たくさんの人に見られていることに気付く。1人が気まずそうに囁く。
大学生④女「……ねぇ、もう行こ」
大学生たちはそれきり何も言わず、そそくさとふれあい動物園から出て行ってしまう。大きな揉め事にならなくてほっとする千波、浩介はそんな千波を見てふにゃりと笑う。
浩介「マナー違反の人にびしっと言えるなんて、やっぱりねずみちゃんはカッコいいなぁ」
千波は俯き、帽子のつばに顔を隠す。
千波(カッコいいのは浩くんだよ……)
〇夕方・動物園の売店
楽しい時間はあっという間に過ぎて、日も暮れかけた頃。お土産を買うために売店へとやってきた浩介と千波。千波はカゴの中にお菓子をいくつか入れる。
浩介「誰のお土産?」
千波「お母さん。動物園なんて行くことないから、面白そうなお土産よろしくって頼まれちゃった」
浩介「そうなんだ……僕も、家族に何か買っていこうかな」
二手にわかれてお土産を物色する。千波は雑貨コーナーでペンギンの絵柄が書かれた爪切りを眺める。
千波(これ、お父さんが好きそうだな。頼まれてないけど買ってっちゃおっかなー……)
しばらく悩んで爪切りをカゴへと入れる。
ふと雑貨コーナーの横にあるキーホルダーコーナーが目に留まる。そこには様々な動物をモチーフにしたキーホルダーが並べられていて、中には恋人同士がつけるようなペアキーホールダーもある。
ペアキーホルダーを手に取り、千波は「むむむ」と悩ましげに唸る。
〇帰り道・電車内
夕暮れ時の風景、線路を走る鈍行列車。混雑した電車内に千波と浩介の姿がある。背の高い浩介は人混みからひょこりと頭が出ているけれど、小さな千波は今にも潰されそう。
千波(うぐぐ、息ができない)
人の背中に押し潰された千波の腕を、浩介が引く。
浩介「ねずみちゃん、こっち」
浩介は千波を客車の隅に立たせ、潰されないようにと身体を盾にして守ってくれる。ようやく満足に呼吸ができるようになった千波は、浩介の顔を見上げながら懐かしい記憶を思い起こす。
(回想)
〇小学生の頃・通学路
ランドセルを背負った浩介と千波。浩介は学校で友達に嫌がらせをされて泣きべそをかいている。お姉さん顔の千波が、浩介の手を引いている。
千波「浩くん。嫌なことをされたときはね。大きな声で『止めて』って言えばいいんだよ!」
浩介「僕、大きな声、だせないもん……」
千波「じゃあ走って逃げればいいんだ」
浩介「僕、足おそいもん……」
ぐずぐずと泣く浩介の手を、千波はしっかりと握りしめる。
千波「仕方ないなぁ。じゃあ浩くんが強くなるまで、私が守ってあげる!」
浩介「……本当?」
千波「本当だよ。約束」
千波の力強い言葉を聞いて、浩介は涙を浮かべたまま微笑む。
(回想終わり)
〇戻って電車内
千波(あの頃は私が浩くんを守る側だったのにな……いつの間にか、私が守られる側になっちゃった)
懐かしさと物悲しさを覚えた千波は、浩介の胸元に顔をうずめる。
ガタンゴトン、と音を立てて電車は進んでいく。
〇夕暮れ・千波の家の前
千波と浩介が向かい合って立っている。
浩介は電車を降りずにそのまま家に帰ることもできたけれど、わざわざ電車を降りて千波を家まで送ってきた。千波はそのことに関してお礼を言う。
千波「浩くん、送ってくれてありがとね」
浩介「(首を横に振って)ううん。ねずみちゃんと少しでも一緒にいたかったから」
千波は気恥ずかしげに肩を竦め、それからお土産の紙袋を漁る。白い小さな土産袋を勢いよく浩介の目の前に差し出す。
千波「これ、浩くんにあげる!」
浩介は不思議そうな顔で紙袋を受け取り、開ける。中に入っていた物は可愛いクマのキーホルダー。
浩介は驚いて目をぱちぱちさせる。
浩介「これ……」
千波「(照れ隠しの大声で)な、何か浩くんに似てるなって思ってさ! チケット代払ってもらっちゃったからその分のお返しというか……」
必死に説明する千波のカバンには、買ったばかりのネズミのキーホルダーがついている。(ペアキーホルダーてはないけれど、浩介にあげた物と同じデザイン)
千波(お揃いのキーホルダーくらい友達同士でもつけるし! 別に特別な意味なんかないもん!)
浩介の右手が千波の頬へと伸びてくる。千波は思わず目を閉じる。手は頬に触れる寸前で止まり、不思議に思った千波が目を開けてみれば、浩介は目をまん丸にしている。
浩介「……ねずみちゃん?」
浩介に名前を呼ばれて、千波はキスを待っているようや反応をしてしまったことに気付く。
千波「え、うわ。ごめん。いつもほっぺにキスしてくるから思わず……」
まごつく千波の頬に、今度こそ浩介の手が触れる。続いて唇に軽く触れるだけのキス。
思考が停止する千波、浩介はいつもどおりの口調で言う。
浩介「キーホルダーありがとう。宝物にするね」
駅に向かって歩き始めながら、優しい笑顔で――
浩介「また明日ね、ねずみちゃん」
浩介がいなくたなった後、千波は茹でダコのような顔でへなへなとしゃがみ込む。
千波「……はぇぇ?」