疎まれ王女は愛されたい

第4話 過去[前編]

翌日の麗らかな昼過ぎ頃、レティシアはディオルに会いに王城へと訪れる。

「陛下、この度はお話をする時間を作って下さりありがとうございます。第一王女のレティシアと申します」
「ああ、こうして顔を合わせてまともに話すのは初めてだな」

 玉座の間に座るディオルはレティシアを見てそう言い少し悲しげな顔をする。

「そうですね。陛下、私はずっと気になっていたことがあるのです。どうして私は離宮で暮らさなければならないのでしょうか? 私はこの国の第一王女ですよね?」
「ああ、お前はこの国の第一王女だ」
「では、何故、私は王城ではなく離宮に居なければならないのですか?」

 レティシアはずっと疑問に思っていたことをディオルに問い掛けると、ディオルは顔を曇らせる。

「それは……」
「言えないことなのですか……?」
「申し訳ないがレティシア、お前の問いには答えることはできない」
「そうなんですね、わかりました。お時間頂きありがとうございました」

 レティシアはディオルに会釈して、王座の間から立ち去る。
 玉座の間を出たレティシアは胸の内に黒い感情が広がっていくような気がしたが、この気持ちが何なのかをあえて深く考えないようにした。
 一方、王座の間に残されたディオルは玉座の間の茶色い扉を見つめながら、陽の光が入り暖かさを感じさせる大部屋で一人呟く。

「離宮で暮らすように命じたのは、私の気持ちが掻き乱されるからだ。なんて言えるはずがないだろう……」



 空が茜色に染まり始めた頃、王城の執務室で仕事しているディオルにディオルの近衞騎士であるソレスは話し掛ける。

「今日、レティシア王女が陛下の元に来たみたいですが、何をお話されたのですか?」

 ソレスの唐突と問いにディオルは書類の上にペンを走らせていた手を止めて、席の斜め後ろに立つソレスの方に身体を向けて、嫌そうな顔する。

「何をか、言う必要あるか?」
「言いたくないのなら言わなくてもいいですよ」
「いや、言いたくないとは言っていないが」
「そうなのですか?明らかに嫌そうな顔をしていましたけど」

 どうやら顔に出ていたらしい。
 ディオルはため息をついてから、また机に向き直ると止めていた手をまた書類の上で動かし始めた。

「まあ、嫌ではあるな。あまり聞いてほしくはないとは思っている」
「そうですか、わかりました。あ、もうこんな時間ですか、私はこれから少し用があるのでお暇させて頂きますね」
「ああ、わかった」

 ディアルがソレスにそう返事を返すと、ソレスはディオルに会釈をして、部屋から出て行く。
 部屋に残されたディオルは手を止めてぽつりとずっと思っていた自身の思いを口にする。

「本当の娘であったらこんな思いをしなくて済んだのにな……」



 アルティリア王国の隣国であるラベリア国の第一王女ユリアーネがディオルの元に嫁ぐ為にやって来たあの日。
 王城の正門に入ってきたユリアーネを乗せた馬車がゆっくりと止まり、馬車の中から降りてきたユリアーネを見てディオルは心を奪われた。

「初めまして、ディオル陛下、ラベリア国の第一王女ユリアーネと申します。これからどうぞよろしくお願い致します」

 望んだ婚約ではなかったが、ユリアーネはディオルが思っていた倍以上に美しかった。
 サファイアブルーの瞳は宝石のように綺麗で、金色の髪は陽の光にあたって美しさを際立てていた。

「ああ、こちらこそだ」

 アルティリア王国の隣国であるラベリア国の第一王女ユリアーネ。彼女とは顔を合わせて話したことはなく、一度、舞踏会で顔を見たことがあるくらいであった。
 しかし、俺はユリアーネと話していく中でユリアーネに惹かれていった。


 
 婚約式の前日の夜。王城の通路でディオルとソレスは婚約のことについて話しをしていた。

「陛下はユリアーネ王女のことをどう思っているのですか? この婚約は望んでしたものではないですよね」
「そうだな、望んでしたものではない。ユリアーネは跡継ぎを作る為に必要な存在だ」
「そうですね」

 そんなソレスとディオルの会話をたまたま近くにいたユリアーネは聞いてしまう。

「そのように思っていたのですね、ディオル陛下……」

 ユリアーネは悲しげに呟き、自室へと戻る為、月明かりに照らされた夜の通路を歩き始める。一方のソレスとディオルはユリアーネがこの会話を聞いていたことなど知る由もなく会話を続けていた。

「陛下は愛しておられるのですか? ユリアーネ王女のことを」
「ああ、勿論、愛している」
「そうですか。幸せになってくださいね」
「ああ、」



 王城の一室に当たるユリアーネの部屋がノックされたのはユリアーネが部屋に戻って来て少し経った頃であった。

「エドルです。殿下、遅くなり申し訳ありません」
「エドル、入ってきていいわよ」
「はい、わかりました。失礼します」
 
 ユリアーネの近衞騎士であるエドルはユリアーネがいる部屋に入ってくるエドル。

「私は今から城を出ます。エドル、私と共に着いてきてくれるかしら?」

 ユリアーネの言葉にエドルは厳しい顔つきになる。

「殿下、貴方はディオル陛下の婚約者なのですよ。城を出るなんてことは許されるはずがありません」
「ディオル陛下は私のことを愛してはいないわ…… 私は愛のない結婚はできない」
「ディオル陛下から言われたのですか? 愛していないと……」

 エドルはユリアーネのことを好いていた。それは王女としてではなく、一人の女性としての感情を含んでいるものであった。
 目の前にいる彼女が幸せになるならそれでもいいとそう思っていた。
 だが、今、エドルの前にいるユリアーネは深く傷ついた顔をしていた。

「いいえ、愛していないとは言われていないわ。だけど、私は跡継ぎを作る為に必要な存在なのだと言っていたわ。きっと誰でもよかったのよ……」

 ディオル陛下がそんなことを殿下に言ったのか。とエドルは思ったが、ユリアーネの傷ついた顔を見て本当に言われたのだなとエドルは思う。

「そうですか……」
「ねえ、エドル、私と共に来てくれないかしら。私には貴方が必要なのよ」

 ユリアーネの心はもう決まっていた。
 婚約者であるディオルとの婚約を破棄する為に城を出る。エドルは近衞騎士としてユリアーネが共に来て欲しいと望むのであれば何処までもお供しよう。と覚悟を決める。

「殿下…… わかりました。一緒に行きます」
「ありがとう、エドル」

 その夜、ディオルの婚約者であったユリアーネ王女と王女の近衞騎士である男は城を出た。
 翌日、王女がいなくなったことが大事になったことは言うまでもない。



 アルティリア王国の左端にある街でユリアーネとエドルは暮らしていた。
 エドルとユリアーネが共に王城から出てから1ヶ月半が経った頃、国王"ディオル"の近衞騎士である者が街へとやってくる。
 そんな中、街中にあるユリアーネとエドルが暮らす家では穏やかな時間が流れていた。

「早く私達の子に会いたいわ」
「そうですね」

  王城から出た私とエドルは、王国の左端にある街で家を買い。私は姫という身分を、エドルは騎士という役職を捨てひっそりと暮らしていた。そして私とエドルは一緒にいる中で、互いに惹かれていった。

「エドルってば、相変わらず敬語が抜けないのね」
「はは、すまない。じゃあ、行ってくるよ。夜にならない内に帰るから」
「ええ、わかったわ。いってらっしゃい、エドル」
「ああ、」

 エドルはユリアーネに見送られて、家のドアを開けて外へと出る。
 いつもと何も変わり映えのない朝であるが、この日は違っていた。外に出たエドルを待ち構えていたのは王国の騎士二人であったからだ。

「ずっと探しておりました。貴方はユリアーネ王女の近衞騎士で間違いありませんね?」
「この家にユリアーネ王女がいることはわかっている。嘘をつかない方が身の為だぞ!」

 騎士二人に問い詰められたエドルは冷静に目の前にいる二人の騎士を見て問う。

「どうしてわかったのですか?」
「この街にいる人から聞いた。まさか、こんな所にいるとは思っていなかったが」

 茶髪の若い騎士がきつい口調でそう言えば、茶髪の騎士の左隣に立っていた年配の黒髪の騎士は鋭い目つきでエドルを見据えて告げる。

「近衞騎士である貴方がユリアーネ王女の前から姿を消さなければ、ユリアーネ王女と近衞騎士であるお前を殺すようにと陛下から命じられている。今すぐに選択しろ」

 近衞騎士としてどちらを選択するべきか。そんなことはわかっている。けれど、自分が殿下の前から姿を消せば、今度は自分がユリアーネを傷つけることになるだろう。

「ユリアーネ王女の前から姿を消すか、ユリアーネ王女と共に死ぬか。近衞騎士であるならわかるだろう? どちらを選択すれば良いかが」

 すぐに選択しないエドルに茶髪の騎士は少し苛立ちを交えた声でエドルに畳み掛ける。
 エドルは少し口をつぐんでから、静かに答える。
 
「わかりました…… 殿下の前から姿を消します。ですが、私が消えた後、殿下に危害を加えないとお約束してください」
「ああ、それは勿論だ」
「ありがとうございます。では、そこを退いていただけますか?」
「ああ、」

近衞騎士二人の横を通り越して、立ち止まらずに歩き続けたエドルは、船が出る港近くまで来てそっと歩くペースを緩める。
 
(俺は彼女のことを愛しているのに、側にはいることはできないんだな…… さようなら、ユリアーネ)

 エドルは心の中で大切な人への思いを呟き、再び歩き始めたのであった。



 その日の夜。ユリアーネは帰ってこないエドルのことを心配していた。

「夜にならない内に帰ってくるって言っていたのに帰ってこないわね。何かあったのかしら……」

 その日、エドルは帰ってこなかった。
 エドルが帰ってくるのをずっと待ち続けていたユリアーネだったが、気付かない内に寝てしまっていたことに気付いて、ユリアーネはソファから勢いよく起き上がる。

「私、寝てしまっていたのね。エドル、今どこにいるの……?」



 エドルがユリアーネの前から姿を消してから、2日経った日の昼過ぎ。ユリアーネの元に国王"ディオル"の近衞騎士であるソレスが訪れる。

「誰かしら……?」

 家のドアを2回ほどノックされ、ユリアーネは座っていた木製で出来た茶色い椅子の上から立ち上がり、玄関まで行きドアを開ける。

「貴方は……!?」

 玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは婚約者であったディオルの近衞騎士であった。玄関から出てきたユリアーネの顔を見るなり、ソレスは優しい微笑みをユリアーネに向けてくる。

「初めまして、ユリアーネ王女。私はディオル陛下の近衞騎士のソレスと申します。貴方の近衞騎士であるエドル様は、ユリアーネ王女、もう貴方の元には帰ってきませんよ」
「エドルが帰ってこない……? それはどういうこと?」

 エドルが帰ってこないと言ったソレスの言葉にユリアーネは嫌な予感がした。

「詳しくはお話しできませんが、ユリアーネ王女、貴方の為なのです」
「私の為ってどういうこと?」
「明日、王城までご同行願います。馬車で迎えに参りますので、それでは失礼いたします」

 ソレスはユリアーネにそう言い、会釈をしてその場から立ち去って行く。
 ユリアーネは去って行くソレスの後ろ姿を見送りながら、不安を含んだ声色で呟いた。

「エドル…… どうして私の前からいなくなったの……?」
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