私は蕾になる
暗闇
 何も見えない。何も聞こえない。いや、見えないんじゃなくて見たくない。聞こえないんじゃなくて聞きたくない。
 私はベッドの上で布団を頭に被ったまま、ひたすらスマホの画面とにらめっこをしていた。闇の中で光るスマホの画面は目が疲れるし、長時間そんなものを見ていると頭が痛くなって来る。でももう、自分がどうなって行くのか等、私はどうでも良くなっていた。

 チチチ、チュンチュン……。
「あはは〜、ヤバい〜」
 ブォーン!
「そうそう。それであの先生がね……」
 ギシギシガチャ、ガチャガチャ……。
「あ、宿題忘れた~」

 ーーっ……、そうか。もう朝なんだ。
 ずっと布団の中にいると時間がわからなくなる。いつ夜になったのかいつ朝が来たのか。時間なんてもの、私の中には既に存在しなくなっていた。
 目の前にあるのは漆黒の闇と人工物の機械の光なのに、それでも『日常』というものは遮断されない。私はもう元には戻れないというのに、この前までそこにあったそれらは、変わらずそこにあった。
 意味もなくスマホをいじるだけの毎日は、自分にとって為にもならない情報を摂取するだけだ。あの政治家の不祥事が明らかになったとか、株価のこととか、体調不良で活動休止していたアイドルが復帰しただとか、外国との情勢がなんとか……。
 ーーくだらない。
 外のことなんて、私には関係ない。だってもう、私は戻れないから。
 それがわかっていても、私はただひたすらスマホを触り続けた。

※※※

 どれくらいそうしていただろう。コンコン……とドアをノックする音と共に、お母さんの声が私を現実ヘと引き戻していく。
「コノハ。朝ご飯が出来たわよ」
 お母さんは私が突然こうなってしまってからも、こうやって朝になると私を呼びに来る。
「…………」
「朝ご飯、待ってるね」
 そう後に残し、遠ざかっていくお母さんの足跡。
 私はどうにか布団から出て、体を起こす。そして自分の部屋の扉に目を向けた。
 ーーごめんなさい。お母さん。
 元々私は、お母さんとも出張で仕事に出掛けるお父さんとも仲が良かった。私がこんな風になってしまうまでは。
 こんな風になった私を見て、二人はどう思っているだろうか。出来損ないの娘だと思っているだろうか。考えたところで答えが出ないのは解っている。
 私はカーテンから透けて射す日光に逃げるように、再び布団を被った。そしてまた無意味な情報を漁るだけの時間が過ぎていった。
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